橋本裕の日記
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2002年11月05日(火) マスメディアと知識人

 奈良にこの10月、国会図書館がオープンしたという。eichanのご自宅から10分だそうだ。図書館の近くに住みたいというのが私の夢だった。国会図書館の近くに住めたら、すばらしいだろうな。

 東京の永田町にある国会図書館には出張で何度か足を運んだ。名目は「和算の研究」だったが、昔のマスメディアを読むのも楽しみだった。私の生まれた日の新聞を読んだり、戦時中の雑誌や新聞に目を通したりした。

 新聞は世相を写す鏡である。新聞を読むと当時の世相が手に取るようにわかる。人々が何を望み、何を楽しみと考えていたか、政府や知識人、文化人と言われている人々の当時の生き様も手に取るようにわかる。そういう意味で、新聞は歴史の生き証人であり、歴史を学ぶための第一級の資料である。

 この夏、国会図書館を訪れ、戦時中の新聞を研究する予定だった。しかし、東京は日帰りするには遠い。忙しさにかまけて、とうとうこの計画を実現することができなかった。こんど奈良にオープンしたので、近いうちに訪れてみたいと思っている。

 新聞や雑誌は世相を写す貴重な資料だが、このことは現在の新聞や雑誌、テレビ・ラジオにも言えることだ。しかし、私はこうしたマスメディアをあまり信用していない。それもこれも、戦時中や戦後の新聞雑誌を読んで、その定見のなさや、ご都合主義に失望しているからだ。

 マスメディアはおおかた商業主義で動いている。戦前で言えば、国民の間に反軍部の心情が根強かった間は軍部批判を展開する、しかし、南京が落ちて、国民が軍部を支持すると、一夜のうちに方針を変える。そして終戦になり、占領軍がやってくると、翌日から軍国主義はけしからん、民主主義が大切だと主張する。これは知識人も同じである。

 私が経験した大学紛争のときもそうだった。学内ではカッコよく政府批判をし、左翼的言辞を弄していても、卒業して世間へ出るとすぐに転向して、体制べったりの会社人間になっている。要するに、自己保身のための大勢順応であり、カメレオン的ご都合主義で動いているだけだ。

 歴史は繰り返すという。「賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ」という箴言があるが、痛い目にあわなければ何も分からないというのでは情けない。しかし、私自身を含めて、世の中の人間はほとんどこの愚者なのではないだろうか。

 戦争反対だ、民主主義だと言っていても、現実に世相が戦争へと傾き、保守主義や右翼がのさばり、身の危険を感じたら、おそらく多くの人は沈黙するのではないだろうか。そしてやがては、ウヨクのお先棒を担ぎだすかも知れない。人間とはそのように弱いものだろう。

 このことを肝に銘じる必要がある。そうすれば、私たちは他人や自分を過信することがなくなる。マスコミや知識人を過信し、現代は戦前とは違うなどと暢気なことは言わなくなる。そのような恐ろしい流れになる前に、もうすこし安全な世の中を創らなければという気になる。

<今日の一句> 校庭の くすの木はよし 寒き日も  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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