橋本裕の日記
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今日から11月。カレンダーもあと二ヶ月分を残しすだけになった。今年のカレンダーを壁に掛けたのをまるで数日前のように覚えているが、あれからもう10ヶ月がたっている。
今自伝を書いているが、自伝で書きたいと思うことは、30年代前半までに集中している。「幼年時代」「少年時代」「青年時代」の濃縮したゆたかさ、なつかしさに比べると、「壮年時代」や「中年時代」はいささか色あせて見える。ただ世俗的に忙しいばかりで、内的な達成感に乏しいように思えるからだ。
歳とともに時間が早くたつように思われるのも、こうした内面の充実感の希薄さと関係あるのかも知れない。若い頃の1年間は、中年や老年の数年間にも匹敵しそうである。自伝など書いていると、そんな実感を持つ。
歳を重ねて、いろいろ経験を積んでくると、、本を読んでも、ニュースを見ても、たいがいのことでは驚かなくなる。世の中のことはどれも同じようなことの繰り返しに過ぎないと見えてくるからだ。世の中のことがらについては、ほとんど新しい発見というものは望めなくなってくる。
しかし、人生を深く観照し、人間や自然を深く理解するというたのしみは、歳を経て、ますます深くなるのではないだろうか。内省的な思索ということでは、ますます面白くなってくる。「薔薇の木に薔薇の花咲く、何の不思議なけれど」と歌った詩人がいたが、心境的にはそうした楽しみが期待できる。
<人は歳月を重ねたから老いるのではない。理想を失うとき老いるのである。・・・大地や人間や神から、美しさ、喜び、勇気、崇高さなどを感じることが出来るかぎり、その人は若いのだ>(サミエル・ウルマン)
<あなたの視線をあなたの内面に向けなさい。そうすれば、あなたの心の中に無数の世界を見つけることになるでしょう。まだ、発見されていない世界を見つけることになるでしょう。その世界を旅しなさい。そして、あなたの世界の内なる達人になりなさい>(ソロー「森の生活」)
ウルマンのいうように、人間は「理想」を失わなければ、日々新たな気持で生きることができるのだろう。ソローのいう「内面の世界」への旅において、発見は尽きない。そうすれば、世の中の動きについても、また新たな発見があり、深い理解と味わいが得られるのではないかと思う。
<今日の一句> 歳ごとに たのしみ深し 秋惜しむ 裕
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