橋本裕の日記
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先週の日曜日に、妻を誘って木曽川の支流にある阿寺渓谷まで紅葉狩りに行った。ちょうど紅葉が見頃だった。山肌に日があたり、黄色や赤に輝いていた。私たちは車を路肩に止めて、渓流の方に降りた。岩場に腰を下ろし、弁当を広げた。近くに小さな滝があって、その音があたりに響いていた。
こうした山の景色は、私にとってとくに感慨深いものがあった。それは私が幼い頃から山に親しんできたからだろう。中学生や高校生の頃は、休日はたいてい父と山仕事だった。その合間に谷川に降りて水を飲んだり、山菜をとったり、傍らにきたリスやウサギを見たり、そうしたいろいろな経験が私の体の中に感覚としてしみついている。
この感覚を、ひとつの思想として、言葉で表せないか、そんなことを、私は考えてきた。それは高校時代に哲学的夢想に耽るようになった頃から、私の心を支配したひとつの感情であり、考えてみれば、その後30数年間、この感情は私の中にあって、ひとつの清流のように鳴り響いていた。
中学時代、あるいは高校時代、私は自分の体験を語る言葉を持たなかった。感情や思想は混沌として、私の中で渦巻き、ときには仏教の何かの諸説の中にその片影を見出し、また「万葉集」のような古典のなかにそれらしい姿をかいま見たことがあった。そして、たとえば西洋の哲学では、ハイデガーの「存在」についての著作の中に、同質で雄弁な類縁者を認めたりした。
5年ほど前に、私はこの感覚を言葉に置き換えようと決心した。そして半年ほどかけて、一つの作品を書いた。それが「人間を守るもの」である。これを書いて、私はひとまず肩の荷を降ろしたような気がした。それは少年時代から私の心を領してたものに対する、ひとつの表現にはちがいなかった。
しかし、しばらくして、この作品が必ずしも究極的な解決ではないことを知った。そこにはまだ、吟味すべき問題点が残されており、証明すべき命題が山積していたが、そんなことより、もっと本質的なことが語られていないことに気付いたのである。それは私の幼少年時代からの「自然体験」そのものだった。
町の中の書斎で組み立てられた思想は、山に来て、深い森の渓流の傍らに身を置いて眺めてみると、いかにも生命力の乏しいものに思われてくる。そして、私の中にひそんでいた原始的な感情が目を覚まして、私の精神を揺さぶるのである。明日の日記で、山の清流近く身を置きながら考えたことを、もう少し具体的に書いてみたいと思っている。
<今日の一句> まなこ閉じ 紅葉の谷に 身を置きぬ 裕 山lから帰っても、しばらくはその余韻を楽しむことができる。目を閉じれば山や渓流が見え、さわやかな音を幻しに聴くことができる。この幻想の中に身を置いていると、何かすがすがしいものが、私の心身を浄化してくれる。
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