橋本裕の日記
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2002年10月28日(月) 結婚まで

23.厄介な関係

 ゆっくり時間をかけて、コーヒーを飲んだ。私は口数が少なくなっていた。S子はコーヒーには口をつけたが、サンドイッチには手を伸ばさなかった。ほんとうに食欲がないのかもしれなかった。S子と目があって、私は少しやさしく声をかけた。

「ここのサンドイッチ、まあまあいけるよ」
「やさしいのね」
「そうだよ、僕はいつだってやさしいよ」
「そうね、口は上手だものね」

 S子の表情が、少しほぐれていた。K子のことはまだ知らないのだろう。K子のくれた花を鋏で切り刻んだりして、女の直感の恐ろしさを私に思い知らせた上に、「青春の蹉跌」などいいう意味ありげな本を送ってきたので、私は自分の留守中に日記を読まれたかもしれないと思っていた。

 日記帳にはいろいろなことが書いてあった。もちろんS子やK子のこともありのままに書いてあった。私はその日記帳を鍵のかかった机の引き出しの中にしまっておいた。しかし、引き出しをあける鍵は、同じ机の引き出しの中に無防備に置かれていたので、S子が本気で机の鍵を探せば他愛なく見つけることができたはずだ。

 私は日記の中に、本当の気持ちを正直に書いていたので、それをS子に読まれて、格別恥ずかしいとか、具合が悪いとは考えなかった。S子が私の日記を虚心坦懐に読んでくれれば、私がけっしてS子を軽くみているわけでも、軽蔑しているわけでもないことがわかるはずだ。同時にK子にたいして、私が彼女を傷つけることなく関係を清算しようとしていることも理解できるはずだった。

 もちろん、S子が私の日記の内容を誤解し、逆上することも考えられたが、いずれ破局がくるのなら、そうした愁嘆場も覚悟しなければなるまい。大切なのは、いつまでも問題を先送りしないことだった。しかし、S子を前にして、私はこれまで優柔不断だった。S子を拒否すべきときに妥協して、結局S子を受け入れ、傷口を大きくしてきた。

 その意味で、今日、いつもと違う展開を作りたかった。いかにして、S子をこのまま西春駅にまで送り、そこで無事に別れることができるか。喫茶店に入って、1時間が過ぎていた。街には灯りが点り、レストランの中もいつか客がかなり入っていた。すぐ近くの席では大学生らしい二人の娘が、ワインを片手に海外旅行の話しをしていた。

「そろそろ、いいかい。駅に送るよ」
「私に帰ってほしいのね」
「うん」
「どうして?」
「しばらく、会わないでおこう。君に冷静になって考えて欲しいんだ」
「何を考えるのよ」
「君にとって、僕が必要な人間かどうかをだよ」
「そうね。あなたが何を考え、たくらんでいるのかも、考えなくてはね」

 S子の挑発を受け流して席を立った。勘定をすませ、喫茶店の外に出ると、私は西春駅の方に歩いた。
「さあ、送るよ」
 立ち止まりそうになったS子の肩に手を回し、体を近づけ、半ば抱くようにして歩いた。そうやって歩いている二人は、周囲からはあつあつの恋人同士に見えそうだった。

<今日の一句> 木曽川の 源流たずねて 紅葉狩り  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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