橋本裕の日記
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ダーウインの進化論によると、キリンの首は突然変異で長くなり、適者生存の法則によって、首の長いキリンの種ができたらしい。この説の真偽は明らかではない。しかし有力な仮説として学校で教えられている。
私はこの説にいささか批判的である。その理由については「何でも研究室」の「生物質問室」に詳しく書いたとおりである。簡単に言えば、進化の原動力は「生存競争」ではなく、「共生的すみわけ」であるということだ。
たとえば首の長いキリンは、他の首の短い動物に対して競争的という訳ではない。首が長くなることで、他の生物が食用として利用できなかった部分を手に入れることができただけである。他の動物にとって、これは脅威ではなく、むしろ望ましいことであった。
進化とは器官の一部が遺伝的に変化することだが、これによって生物は新しい環境を手に入れる。そしてその世界で伸び伸びと生きようとするのである。このようにして、魚は陸上動物になり、陸上動物は鳥になった。生命環境は生命が多様化するにつれて、多元化し、ゆたかになっている。
こうした「すみわけ」によって、この地上に多様な生物が誕生したとする仮説は、今西錦司によって唱えられたが、私はたいへんすぐれた視点をもっていると思っている。ダーウインの進化論は西洋的近代主義の背骨を作ってきた。しかし、その結果が20世紀の帝国主義戦争であり、今日のパレスチナ、アフガン、チェチェン、北朝鮮問題である。
21世紀はこの悪しき近代主義から自由でありたい。そのためには、私たちはこの「ダーウイン進化論」の精神的呪縛から逃れなければならない。この呪縛の中にある限り、私たちの生は常に「競争至上主義」の強迫観念を免れることはないだろう。そしてこの思想がもたらすものは、戦争であり、紛争であり、過労自殺や犯罪の絶えない殺伐とした競争社会でしかない。
たとえば、26日未明、ロシア連邦保安局特殊部隊がモスクワ市内のミュージカル劇場に強行突入し、チェチェン武装勢力を制圧した事件で、ロシア政府は人質90人以上が死亡したと発表した。約40分にわたる激しい銃撃戦の末、武装勢力側は女性18人を含む50人が死亡し、3人が逮捕されたそうだ。こうした血なまぐさい事件が生まれる背景について、私たちはもうすこし根本的に考えてみる必要がある。
<今日の一句> ひとひらの 紅葉葉拾う 少女あり 裕
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