橋本裕の日記
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今月号のHPの言葉「愛は学習されるべき感情である」は、私の「人生についてに21章」の中からとった。「愛」について、自分の半生をいろいろ考えた結果、私はこのような結論に達したわけだ。
その意味するところは、愛は決して本能的なものではない、それは家庭や学校や社会で「学習」されるべきものだということである。私たちは「学習」というと、英語の単語を覚えたり、数学の問題を解いたりすることだと思っている。しかし、ここにもっと大切な人生の学習がある。それは「人を愛する」という勉強である。
「愛する」という感情は、決して「自然な感情」ではない。それはもっと人間的で、社会的な感情である。ところが多くの人は、愛を本能的なものと同一視している。しかし、そうした考えが支配的である限り、愛を育てようという真剣な努力は行われないだろう。
カントは「世界平和のために」のなかで、「平和状態はなんら自然状態ではない。自然状態はむしろ戦争状態である。・・・それゆえ、平和状態は創設されなければならない」と書いている。なぜ、「平和状態は創設されなけばならない」のだろう。
その答えがここにあるのではないだろうか。家庭で、学校で、社会で、「愛」は学ばれ、そして意識的に実践されなければならない。そして、そうした努力の上に、カントのいう「平和」もまた、営々と築かれていく。
ところで、「愛」とは何だろう。それは一言でいって、「思いやり」ではないかと思っている。もう少し格調高く言えば、ともに生きようという意志と感情、すなわち「共生の心」である。
<今日の一句> 甘栗に 幼きころを 懐かしむ 裕
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