橋本裕の日記
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2002年10月21日(月) 結婚まで

22.すれちがう二人

 カレーライスを食べ終わって、私は二人分のコーヒーを注文した。それから、いそいでミックスサンドを一人前追加した。S子はいらないと言っていたが、ここは少しでも誠意を見せておく必要があった。コーヒーとサンドイッチが運ばれてきて、S子の表情が少し穏やかになった。

「青春の蹉跌、読んだの」
「読んだよ。しかし、僕の生き方とはまるで違っているね」
「そうかしら」
「僕があんな利己的な人間だと思うかい」
「あなたもエゴイストじゃない」
「しかし、僕のエゴイズムはあんなんじゃないよ。もっと徹底している」

 私に出世したいとか、社会的に成功したいという願望はなかった。そのために人を踏みつけにしたり、犠牲にしたりする気もなかった。もともと私はギリシャ人の哲学者ディオゲネスのような自由な生き方に憧れていた。教員になったのは生活のためであり、仮の姿だと思っている。

 S子と別れたいというのも、何も私の立場や環境が変わって、S子が自分の将来の邪魔になったからではない。単純にS子の私に対する執着が鬱陶しいだけだった。私は自分の自由を大切にしたかった。簡単に言えば「手ぶら」で人生を歩きたかったのだ。ところがS子はいつも私と手を繋いでいないと不安で仕方がないのである。

「僕は特殊な人間だよ。人に干渉されるのが嫌いだし、何よりも自由を愛しているんだ。なるべく早く教員を止めて、できれば小説か俳句でもつくりながら、気儘に人生を渡っていきたいね。最後は、モンゴルの草原で一匹の動物として、しずかに死んでいくつもりだよ」

 S子はこの話を、何度も聞かされていた。もちろん、そんな生き方は彼女の想像の外にあった。彼女の理想はあくまでも世間並の結婚をして、私という良人と運命共同体のようにして生きていきたいということだった。たしかにそれは誰でもが考える人生の幸福の姿だろう。しかし、私はもう少し違った生き方をしてみたかった。そうした生き方は奴隷の生き方としか思えなかった。

「そんなのは嘘よ。ただ、私から逃げたいだけでしょう。それが証拠に、ちゃんと就職して、教員になっているじゃないの。それに、私の他に、まだいるんでしょう、つきあっている女の人」
「いるわけないじゃないか」
 私は咄嗟に嘘をついた。しかし、あきらかに、うろたえていた。 

<今日の一句> 金木犀 匂ふ木陰で ひとやすみ  裕


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