橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
動機なき殺人などという言葉もあるが、犯罪を犯すにあたって、何らかの動機はあるのではないだろうか。生活苦、金銭欲、怨恨、英雄願望、退屈しのぎ、憂さ晴らし、自殺願望、嗜虐趣味、社会的不満、性欲に駆られてなどなど、さまざまなものが考えられる。
犯罪そのものが目的である犯罪もある。何かの手段として人を殺すのではなく、人殺しが楽しいので、それ自身の目的のために人を殺すという訳だ。本能が壊れている人間には、こういうたわけた動機の犯罪も考えられる。
いずれにせよ、犯罪を犯す人には、<自我の構造にゆがみ>がある。たとえば、幼い頃に虐待などにより自我に傷を受けている場合、劣等感やコンプレックスがその人格を支配し、その劣等感の反動として、権力に異常な執着を示すことがある。
脆弱な自我を偽装するために、自分は強者であるという妄想にしがみつき、そしてこれを証明するために実際に殺人行為に走る。いわば<自己の存在証明のための犯罪>である。こうした劣等意識の強い人間は実際、自己の力を誇示することに熱心なので、犯罪者にならない場合でも、人を支配する地位を求めて、権力者になる可能性はある。
犯罪がゆがんだ自我のありかたに関係があるのだと分かれば、犯罪を防止するための対策も浮かんでくる。たとえば幼児教育の充実などだ。強くたくましい自我を育てる条件は何か。それは植物を育てるのと同じく、充分な栄養と日光だろう。つまり、「愛情」が大切だということだ。犯罪の温床は「愛情の欠如」である。自我の健全な社会化は「愛情」という滋養なくしてはむつかしい。
毛沢東の主治医が書いた「毛沢東の私生活」という本のなかに、権力者たちの意外に幼く女々しい幼児的な振る舞いが描かれている。たとえば、毛沢東は特性の木のベッドで一日のほとんどを過ごし、不安でそこから離れることができず、不眠症のあまり極度の薬物依存に陥っていた。妻の目を盗んで若い女をベッドに呼び込み、ときには若い男性の護衛兵にまで自分の性欲の処理をまかせている。
そして文化大革命を遂行し、毛沢東に続くNo2として粛正恐怖政治を実行し、後には毛沢東暗殺未遂まで企てた林彪は、歯が痛いといってベッドですすり泣いて、妻に子供のようにあやされている。周恩来でさえ毛沢東の前ではいつくばり、毛が危篤だと聞いて失禁したりしている。李博士はこれらの様子を見て、国家の将来に暗澹たる不安を覚えたという。
<今日の一句> いつまでも 残暑続きて 薄着かな 裕
|