橋本裕の日記
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2002年10月12日(土) ノーベル化学賞は主任さんへ

 島津製作所の研究者・田中耕一(43)さんが2002年度ノーベル化学賞を受賞した。9日に小柴昌俊・東大名誉教授(76)がノーベル物理学賞受賞のニュースが流れたが、その翌日にこの報を朝刊で知って、少し驚いた。もちろん、嬉しい驚きである。

 これで日本人のノーベル賞受賞は、00年の白川英樹・筑波大名誉教授(化学賞)、01年の野依良治・名古屋大教授(同)に続き、3年連続11人目だという。日本の科学技術の独創性もようやく国際的なレベルだと認知されたといえるのではないだろうか。
 
 田中氏は東北大学の電子工学科を卒業し、第一希望のソニーの入社試験に落ちたため、島津製作所へ入社したという。そして、これまで手がけたことのないまったく畑違いのタンパク質の質量分析の研究を始めた。修士号も博士号ももたない一介の研究者である。日本の学会ではほとんど無名の人だった。

 受賞対象になったタンパク質分析の新手法に対して、会社が田中氏に支払った報酬はわずか1万1千円だったという。「社員の発明は会社のもの」という考え方があるためだが、彼の研究がもとになってできた質量分析機の昨年1年間の売り上げは40億円を超えているというから、いくらなんでも少ないのではないか。

 田中氏は上の役職に進めば研究から離れてしまうことが心配で、昇級試験も拒んできたのだという。会社ではかなり変わり者と見られていたようだ。発言からは、好きな研究が出来るだけでしあわせだというニュアンスが感じ取れる。11日の朝日新聞に掲載されたものだが、「日本の研究者に欠けているものは?」というインタビュアーの質問に、彼はこう答えている。

<自分の研究に自信を持って欲しい。たいしたことがない技術でも英語で話されるとすごい技術に聞こえる。イギリスの研究者は自信をもっているのですよ。一方、日本の科学者は「どうせうちはたいしたことがないから」が口癖のようになっている。「あきらかにこれは勝っている」とはっきり自己主張する訓練が必要です>

 日本人は自己主張することが苦手である。それはそうした訓練を受けていないせいだろうが、同時に他人の自己主張に耳を傾ける精神に欠けていることも大きいのだろう。田中さんの研究は島津の製作所の中でもあまり知られていなかったらしい。

<87年に日本の学会で発表した後、それをききつけたアメリカの研究者2人が私のところに来られて、「ぜひこれを世界に紹介したい」と言われたのです。将来性を認めてくれたこうした「目利き」のような方がいなければ、今の騒ぎにはなっていなかったと思います>

 田中氏は失敗しても、「ああ、また失敗したか」ですまして、「実験を楽しんでいた」という。そして、将来も博士号を取るつもりはないらしい。博士号を取るためには「面白い分野」をいったん離れなければならないからだ。ノーベル賞を受賞した後も、「この賞はなかったことにして、これまで通り私の好きなこと、しかも会社と社会に役立つ研究開発を続けていきたい」と述べている。

<今日の一句> 夢さめて ぬくもり恋しや 朝寝床  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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