橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2002年10月07日(月) 結婚まで

20.手ぶらが大好き

 私は学校へはカバンを持って行かない。これは新任以来20数年間の習慣である。こんな無精な習慣がついた原因は、やはり新任で赴任した頃の特別な環境のせいではないかと思う。

 前にも書いたように、私の一週間当たりの授業時間数は14時間であり、担任も持っていなかったので、教材研究の時間が不足することはなかった。実験の準備や、パソコンの組み立て、プログラムの勉強なども、豊富な空き時間を活用すれば充分だった。仕事を家にまで持って帰る必要はなかった。

 加えて通勤に片道2時間半もかかるので、たとえカバンで持ち帰ってみても、自宅の机で仕事をする時間はなかった。見得をはって空のカバンを持ち運びするには、通勤の条件が悪すぎた。ただでさえ苦痛な通勤がさらに厄介になる。合理的に考えれば、手ぶらで通勤するが一番だった。

 その後、いくつも学校を変わったが、この習慣は続いている。結婚した当時だけ、妻が弁当を作ってくれたことがあったが、手ぶらになじんでいた私は、弁当持参というのがどうも面倒で、そのことを妻に打ち明けて、やがてもとの手ぶらに戻った。

 仕事を持ち帰らないというのは、当初からの私のスタイルだが、しかし休日に完全に学校の仕事から解放されるかといえばそうではない。部活動の練習や、試合があるし、時によっては生徒の家庭訪問をしなければならない。まあ、そうしたことがあるので、よけいに、普段の仕事は家庭に持ち帰らないように心がけたわけだ。

 それに私には小説を書きたいという欲求があった。同人誌「作家」に処女作「海辺の市」を出してから、もう一年半も経っていた。毎月の合評会にも顔を出していない。就職して落ち着いた今、そろそろ二作目を書いて、正式の同人になりたいと思った。通勤の電車のなかで、短編小説のストーリーをあれこれ考え、構想を練るのも楽しみだった。

 その日は土曜日だったが、部活があったので午後遅く学校を出た。テニスで汗ばんだ体を一刻も早くくさっぱりとしたかった。途中寄り道もしないで帰ってきたので、6時過ぎには西春駅に着いた。6月に入って、日が長くなっていた。改札口を出た私は、汗でしめったハンカチを額と首筋にあてた。ここまでくれば、わが家まであと少しである。

 駅前通りにはまだ西日が射していた。角の本屋に女が後ろ向きに立っていた。その姿を見て、私は息を呑んだ。駅舎の外に一歩出かかった私の足が止まった。電車で名古屋に戻ろう、咄嗟にそう考えて、向きを変えようとしたとき、まるで私の動静を承知していたような正確さでS子が振り返った。
 私はハンケチを手にもったまま、彼女に近づいた。

<今日の一句> ほのかなる 木の葉の色に 里の秋  裕


橋本裕 |MAILHomePage

My追加