橋本裕の日記
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17日の小泉純一郎首相と金正日総書記との会談で、日本人拉致事件が、北朝鮮の特殊機関の行為だったことがあきらかになった。拉致された13人のうち生存してしるのは5人で、すでに8人は死亡しているという。
死亡している中には新潟から1977年に拉致された横田めぐみさんも入っていた。ある日突然、特殊機関の工作員に日本から連れ出されたとき、彼女は音楽が好きな13歳の中学生だった。その後結婚したらしく、娘さんが平壌にいるという。
83年に欧州で確認されたのを最後に姿を消した有本恵子さんは、その後、生存を知らせる手紙を日本の家族のもとに届けていた。もっとも生存が期待された人だっただけに、その死亡の報せは意外であり、悲しい。拉致され死亡した人たちはまだ働き盛りの年である。そして、彼等の両親はほとんど健在である。病死や災害死だという説明らしいが、もうすこし正確な情報が欲しいものだ。
金正日総書記はこのこについて小泉首相に、「遺憾であり、率直におわびしたい」と釈明したという。工作船についても「特殊部隊の活動を認め、今後は行わないと約束した。平壌宣言では「日朝の不正常な関係にある中で生じた遺憾な問題」という表現で触れられている。
正常化交渉は再開で合意したが、拉致された家族は強く反対している。最初の事件から、政府が北朝鮮による拉致と認定した97年まで、20年もかかった。これまで1990年の自民党金丸訪朝、1999年に村山富市元首相を団長とする超党派の訪朝があったが、「拉致」「行方不明者」という言葉を口にすることさえできなかった。犠牲者の家族が「もっと早く、政府が救出に取り組んでいてくれたら」と悔やむ気持もわかる。
しかし、一方では、韓併合以来36年間にわたった日本による植民地支配の問題がある。「国民動員計画」によって、強権的に日本に連行された朝鮮人の数は、政府統計で確認されたものだけでも、1939年から終戦までの合計で72万4787人に上っており、このほか軍人・軍属として各地に連行されたもので明白なもの36万4186人があり、また朝鮮内で動員されたものは400万人を越えていた。
日本に強制連行された朝鮮人労働者のうち死亡または行方不明の数は6万400人、これに軍人・軍属の15万人を加えると20万人をこえている。首相が戦時中の日本の行為について、「痛切な反省と心からのおわび」を表明し、金銭的な償いは経済協力方式で行うことで合意したという。
戦後半世紀を過ぎて、ようやく動き出した補償問題を、北朝鮮の人々はどんな気持で受け止めているのだろう。その生の声を一度聞いてみたいものだ。そしてできればこれからは民間レベルでの交流や援助ができるようになればよいと思う。
経済協力も一部の支配者階級を富ませるものではなく、ほんとうに民衆の生活に益するものであって欲しい。北朝鮮では毎年数万から数十万人の単位で餓死者が出ているという。農業協力などを中心にして、食糧事情の改善を助けてはどうだろうか。
(参考サイト)日本労働年鑑(法政大学大原社会問題研究所) http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji2/rnsenji2-027.html
<今日の一句> 戦なき 幸せ続け 稲穂波 裕
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