橋本裕の日記
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2002年08月03日(土) 人の知的好奇心を奪う方法

 幼い頃は、だれしも好奇心のかたまりである。母親や父親を質問責めにした記憶がだれしもあるのではないだろうか。しかし、歳をとるにつれて、好奇心が薄れてくる。最近では、小学生でもまるで好奇心を持たない、若年寄のようなのがふえた。

 学問とは「問う」ことから始まる。「問い」があって、「答え」がある。そしてこの両者の間にはかなり長い試行錯誤や、悪戦苦闘がある。そして、実はこの悪戦苦闘や、試行錯誤が学問の醍醐味である。

 思うに、最近の学問は、この醍醐味を忘れたのではないだろうか。少なくとも「勉強」と称するものにこの楽しみがあるようには見受けられない。そこにあるのは、ただ与えられた「問い」に対する「答え」をただ、ひたすら受容し、暗記する努力があるだけである。

 人から知的好奇心を奪うもっとも効果的な方法は、人が「問う」のを待たずに、「問い」を与え、人が試行錯誤するのを待たずに「答え」を与えることである。たしかにこれは物事を修得するには効果的な方法かもしれないが、その禍根ははかりしれない。なぜなら、彼は自ら時間をかけて「答え」を発見するという、人生至上の楽しみを奪われ、やがては知的好奇心を喪失するからだ。

 たとえ能率が悪くても、自分で考え、自分で試行錯誤して発見したことは確実に身に着く。そしてそれはその人に自信を与え、さらなる「問い」へと彼を歩み出させる。そうした一歩一歩の歩みの中から、本当に個性的なものがおもむろに熟成され、その人らしい味のある自立した世界が創られていくのである。

 今の教育にはこうした余裕がなく、ただ「答え」のみをヒステリックに与え続け続けることで、人から自己教育の機会と自立する能力を奪っている。それはやがて、学習意欲の喪失を引き起こさずにはいられない。教師や親はすべからく「教えすぎ」に注意すべきだろう。

<今日の一句> たのしみは 庭のカエルと 水遊び  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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