橋本裕の日記
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日本人は人前で自分の意見をの述べるのが苦手だ。かく言う私が、まず、その代表だが、とくに多くの相手になにか述べよと言われると、後込みしてしまう。何を述べればいいのか、どう述べたらいいのか、まるで見当がつかない。実際に、述べようとすると、緊張して冷や汗が流れ、言葉がつかえてしまう。
こうしたことは、日本人以外の場合、あまりおこらないのではないか。アメリカ人など、結構楽しんで、言いたいことを臆せず述べる。ユーモアを交えたりして、聞き手も楽しませてくれる。本人がいやいやするのと、楽しみながらするのとでは、聞き手の満足度もまるでちがうだろう。
こうしたことは、国民性の違いで説明されることが多いが、私は教育のありかたの違いも大きいと思う。日本人の場合、あまりスピーチの訓練を受けていない。これに対して、アメリカ人の場合は幼い頃から、学校で、家庭で、折に触れてそうした機会を与えられ、そのノウハウも身についている。
そもそも教育を受けた人間とは、自分の意見をもち、それを人前で述べることができる人間だというのが、アメリカをはじめとする西欧流の考え方だ。また、西欧のような個人主義の社会で生きていくために、こうした自己主張できる能力はもっとも基本的な社会的能力だということになる。
また、教育理論の観点からも、スピーチ力はもっとも高度で総合的な言語表現力である。その裾野には知識力、情報収集力、情報活用力、構想的な思考力、対人対応力など、さまざなま知的感性的能力がひろがり、これらを組織的に展開する強靱でしなやかな思考力が必要である。
しかし、教育の目標がスピーチ力にあるというコンセンサスが、日本にはない。日本の学校では、教師が教壇に立ち、一方的に講義をしている。生徒はそれを聞き、ノートに写し、そして覚えるだけである。ときに質問を受けるが、それはどれだけ知識が身についているか、チェックされるためである。小テストや定期テストも同じで、ただ知識の定着度をみるだけである。これでは生徒が自分の考えを持ち、発表する技術など身につくはずがない。
この点、福沢諭吉が偉かったのは、これからの教育とはスピーチ力をつけることだと、はっきり理解していたところだ。スピーチの大切さを「学問のすすめ」の中で、はっきり述べている。スピーチに「演説」という訳語を考えたのも彼である。
彼はこうした自分の考え方を広めるべく啓蒙活動を始めたが、当時の日本語の事情もあって、西周、加藤弘之、森有礼など、西洋に留学体験を持つ先進的知識人たちはむしろ冷淡だった。彼等の考えは日本語は談話には適しているが、西洋的なスピーチには適さないというものである。だから、教育も西洋語で行うのが一番だと言うことになる。
そこで、福沢は一計を案じて、彼等先進知識人10人ほどを木挽町の「西洋軒」に招待して、「今日は諸君におりいってお話申すことがあるから聞いてくれぬか」と、おもむろにテーブルの端に立った。そして「台湾征伐」について1時間ほどしゃべったあと、一息ついて、「さて、ただ今のぼくの話はよく聞き取ってもらえただろうか」と尋ねた。
皆そろって首を縦に振ったのを見た福沢は、「ソリャ見たことか、日本語で演説がかなわぬとは無稽の盲信に非ざれば臆病者の遁辞なり」と、歌舞伎の一場のように見得を切ったという。つまり、日本語で立派に演説が出来ることを、彼自身が実証して見せたわけだ。さしずめ、これが日本語におけるスピーチの事始めということだろうか。
<今日の一句> 炎天下 木陰に憩ふ 人と犬 裕
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