橋本裕の日記
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| 2002年07月19日(金) |
アポロ的な生を求めて |
ギリシアの英雄テセウスはクレタ島クノッソスの迷宮に入り込み、そこで牛頭の怪物ミノタウロスを殺す。このとき王女アリアドネは糸玉を渡し、テセウスが迷宮を逃れる手だてを教えた。
その後テセウスはアリアドネを連れてクレタ島を逃れナクソス島に着くが、ここでテセウスはアリアドネはに置き去りにして、ギリシャに帰ってしまう。そこにディオニュソスが現れ、アリアドネを花婿として連れ去る。
こに対比されているのは、パルテノン神殿に象徴される、ギリシャ文化のアポロ的な晴朗さと、クノッソス宮殿に象徴されるディオニュソス的な生の惑乱と迷宮である。しかし、ニーチェに言わせれば、ギリシャ文化のアポロ的な晴朗さも、その水面下にはディオニュソス的な晦渋さと暗部を持つという。「悲劇の誕生」から引用しよう。
「太陽に照らされた,この上なく明るい湖水の中を覗きこむと,人はまるでその湖のそこに手で触ることができるかのように,湖のそこをまったくすぐ近くにあるものと思いこんでしまうものである。けれども,ギリシア芸術が私たちに教えたところによれば,恐ろしい深みなしには,真に美しい表面は存在しないのである。・・・・・アポロ的ギリシア人は,あらゆる美と節度を備えた彼の全存在が,苦悩と認識の覆われた基盤の上に立っている。」
「人間の最も内奥にひそむ深みから現れる至福の恍惚であり、人格感を消滅させる。すべての原始人や原始民族が賛歌の中でうたっている麻酔的な飲料の影響と力強い春の近づいたためか、あのディオニソス的興奮が目醒める。そしてそれが昂まるにつれて、主観的なものは完全な自己忘却へ向かって消滅していく」
理知的で、明るく、実践的で建設的な幸福、それをアポロ的というなら、陶酔的で、破滅的、幻想的な幸福をディオニソス的と言うことができる。ちなみにアポロはゼウスの息子で、太陽神。光、文芸、音楽の神様、ディオニソスは酒と演劇の神様だ。
アポロが人生の光を象徴するなら、ディオニソスは闇を象徴している。しかし、いずれが先かと言えば、ニーチェが言うように、闇が先かも知れない。闇の中から、光が産まれる。アテネのパルテノン神殿が眩しいのは、それが血塗られて混沌とした人類の歴史の闇の中に立っているからだろう。それは怪物ミノタウロスを倒し、迷宮を征した者のみがうち立てることができた記念碑であり、人間性の勝利の象徴だといえる。
私たちもまた人生という迷宮の中に置かれている。そこを支配するさまざまな怪物達と死闘を繰り広げ、勝利を収めなければならない。そしていつか人生に対する戦いに勝利して、心の中に明るくて清々しい神殿をひとつ建てたいものである。もちろんそこに祭られるのは、かってのギリシャ人がそうであったように、愛と真理の美しい女神像でありたいものだ。
<今日の一句> 人生の 迷宮たのし アリアドネ 裕
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