橋本裕の日記
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ハーディは世界を意志の表徴としてとらえるショーペンハウエルの哲学に傾倒していたようである。その考え方は東洋的虚無主義に近く、キリスト教からすれば異端であり、むしろ無神論者とみなされても仕方がない。
だからハーディの文学はどちらかというと、日本人にはよくわかるのではないだろうか。実際「痴人の愛」や「春琴抄」を書いた谷崎潤一郎は、ハーディに心酔し、日本人としてはじめて「グリーブ家のバーバラ」も邦訳している。愛の三昧境を追求する谷崎の作品に、ハーディの影響を色濃く認めることができる。
さらにいえば、ハーディの作品と「源氏物語」との親和性を指摘することもできよう。「萎えた腕」などはまさに人間の怨念が生き霊となって活躍する「源氏物語」の世界そのもののすさまじさである。ハーディが日本の古典文学、とくに「源氏物語」や「万葉集」を読んでいたとは思えないが、もし読んでいたら最大限の賛辞を呈したのではないかと思う。
ハーディの作品は悲劇的であり、その悲劇も宿命的であるだけによけいに暗い印象を与える。しかし、墓碑銘の言葉からも分かるように、ハーディはつねにユーモアと諧謔を失わなかった。だから読んでいて、楽しく、読み出すとやみつきになってしまうのである。
<今日の一句> はぐれ鳥 空の青さが 目にしみる 裕
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