橋本裕の日記
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| 2002年06月25日(火) |
自己主張を尊ぶ教育を |
日本人は控えめだと言われる。あまり自己主張をしない。はっきりと自分の意見を表明することをしない。だから何を考えているのか解らないので、警戒されたりもする。
意見を言わないのは、島国で生きてきたので、「もの言えば唇寒し」ということもある。自己主張を嫌い、それをはしたないことのように考え、自己主張しないのが奥ゆかしく、大人びた振る舞いだという文化的風土もありそうだ。
このような雰囲気の中では、自己を表現し主張する能力は養われない。つまり、主張し表現すべき自己が育たない。自己がなくては、物事を論じようにも、自分なりの判断ができない。
日本では知識がある人を「知識人」と尊ぶが、しかしいくら知識があっても、それはものを考える土台でしかない。大切なのはその知識の上に立って、自分なりの意見や主張を組み立てる思考力と構想力である。
しかし、この力量が欠落している多くの日本人は、自分の頭で物を考え、自主的に判断することができない。そしてただ、社会的に通用する意見や、他の権威ある人物の意見にわけもなく追従する。つまり思考の自立ができていないのだから、民主主義もあったものではない。
どうしてこのようなことになるのか、それは日本の社会にまだ本当の意味で個人主義が根付いていないからだ。自分の頭でものを考え、自己主張を尊ぶ価値観が根付いていない。また、そのような価値観を根付かせるような教育が行われていないからだ。
自己を主張し、自己を表現すること、そのことを目標にして教育は行われるべきではないか。日本の教育はこの理想を見失しなっている。だから腰が定まらず、これという成果があがらない。そして、まるで見当違いなことを目標にして、とんでもない方向に暴走したりする。情けないことだが、これが我が国の教育の現状だろう。
<今日の一句> あめつちに ひととき咲ける 朝顔あはれ 裕
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