橋本裕の日記
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2002年06月24日(月) 結婚まで(5)

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5.花瓶の花
 K子とお見合いらしいことをしたのが、1月の中旬だった。お見合いを勧めてくれたのは、石川橋の下宿の大家さんである。もう少し正確にいうと、下宿先の婆さんの次男で、彼の奥さんの姪がK子だった。

 しかし、そのときすでに私はS子と肉体関係を持っていた。S子は読書会を通して知り合った女性で、私より一足早く29歳になっていた。S子のことはK子に言ってなかった。まるで私を聖人君主のように考えているK子に、自分の身上を打ち明ける気持になれなかった。

 S子とはなるべく早く別れたかったが、S子の方には私と別れる気持はまるでなく、別れるそぶりを見せたりすると、S子は顔色を変えてますます私にしがみついてきた。S子と縁が切れない以上、K子との結婚話は断るしかない。しかし、K子の笑顔を見ていると、そんな決心もひるんだ。

 そうして、ぐずぐずしているうちに、状況はさらに悪くなっていた。K子が私との結婚を望んでいることは花束の一件からもあきらかだった。さすが私はK子には指ひとつ触れてはいなかったが、この先、K子の薄着の肌を身近にしていると、手を伸ばしたい誘惑がわいてくるかもしれない。もちろん、そんな事態は避けなければならない。

 誕生日の翌日の土曜日、私は途中のスーパで買い物を済ませて、珍しく4時過ぎにアパートに帰ってきた。階段を上り、ドアの前に立って、ズボンから鍵を取りだそうとすると、誰かが近づいてきた。振り返ると、S子だった。

「ご迷惑?」
「いや、別に。よくきたね」
「嘘ばっかし。あなたはすぐに顔に出るから、よくわかるのよ」 
「そうかな、迷惑じゃないが、少し疲れているんだ」
「それが、久しぶりに合う恋人にたいする言葉なの」

 こんな会話を隣近所に聞かれたくはない。私はドアを開け、S子をアパートのの中に入れた。玄関先がキッチンになっている。靴を脱いだS子の顔の表情がみるみる険しくなった。私は食卓の花瓶に花が活けてあるのに気付いた。S子の視線が、花瓶の百合の花に注がれていた。
 花の匂いが狭いキッチンに充満していた。

「この花、どうしたの」
「買ったんだ。あんまり殺風景だから」

 私はぶっきらぼうに応えると、隣の居間へ行って、背広を脱ぎ、ネクタイを外した。そして、カーテンを開けると、ベランダ越しに青い空を眺めて、ため息をついた。気がつくと、S子が私の散らかした背広やネクタイを拾い上げていた。


橋本裕 |MAILHomePage

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