橋本裕の日記
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「虚数の情緒」(東海大学出版)という1000ページもある分厚い数学の本を買った。帯には「虚数を軸に人類文化の全体像を目差した20世紀最後の大著。新世紀の教養はこの書から始まる」と書いてある。さらに・・・
「宇宙は、人類は、如何にして誕生したか? 古代の粘土板は何を物語っているのか? 誰が、何の目的で、数学を作ったのか? 何故『数学』を学ばねばならないのか? 『虚数』は存在するのか、しないのか? 量子力学とは、場の理論とは何か? 最新脳科学は何を基盤にしているのか? 答えはすべてこの本の中にあります」
ずいぶん大風呂敷を広げたものだ。著者の吉田武さんは京都大学の教授で、れっきとした数学の先生である。「本書は人類文化の全体的把握を目差した科目分類に拘らない『独習書』である。歴史、文化、科学など多くの分野が、虚数を軸に悠然たる筆致で書かれている。・・・・時間を掛けて読まれることを希望する」と書いている。よほどの自信作に違いない。
それにしても、「虚数の情緒」とは変わった題である。数学と言えば、論理や計算が売り物である。情緒の世界とはかけ離れているように思えるのだが、数学者も一流になると、どうやらそうでもないらしい。このことについて、やはり国際的な数学者で、京大数学科の名物教授だった岡潔さんが、「人間の建設」(岡潔・小林秀雄対話録)という本の中で、こんなことを語っている。
「数学は知性の世界だけに存在しうるものではない、何を入れなければ成り立たぬかというと、感情を入れなけれは成り立たぬ。数学の体系に矛盾がないというためには、まず知的に矛盾がないということを証明し、しかしそれだけでは足りない、銘々の数学者がみなその結果に満足できるという感情的な同意を表示しなければ、数学たとはいえないということがはじめてわかったのです。
じっさい考えてみれば、矛盾がないというのは感情の満足ですね。矛盾がないというのは、矛盾がないと感ずることですね。感情なのです。そしてその感情に満足を与えるためには、知性がどんなにこの二つの仮定には矛盾がないのだと説いて聞かしたって無力なんです。ともかく知性や意志は、感情を説得させる力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、ほんとうには納得しないという存在らしいのです」
岡潔さんはまた、「頭で学問をするものだという一般の観念に対して、私は本当は情緒が中心になっているといいたい」とも書いている。学問がたんに理性の産物ではなく、情操や情緒によって動機づけられ、高められているという視点は、とても大切ではないかと思っている。
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