橋本裕の日記
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昨日、「蝶の舌」の解説を書きながら、映画の背景になっている「スペイン内戦」について、もう少し知りたいと思った。そこで、さっそくいつものように、インターネットで調べてみた。以下に記すのは、その要約である。
1931年4月12日、スペインの地方議会選挙で共和制を支持する政党が圧勝すると、国王アルフォンソ13世は国外へ亡命し、第二共和制政府が成立した。人民戦線のアサーニャが首相にえらばれ、さっそく民主憲法の公布をはじめとする大改革に着手する。
大土地所有制度 の解体を柱とする農地改革、宗教の自由、結・離婚の自由、国家と教会の分離、さらに女性参政権の実現やイエズス会の解散にまで踏み込んだ改革が進められ、カタルーニャやバスクに自治権を与えた。
これに対して、地主、教会、軍部を中心とする右派が反発した。さらに、世界大恐慌がスペインに波及し、経済が混乱した。その間隙をついて、ヒル・ロブレス率いる右翼連合が台頭し、アサーニャは33年9月に辞任に追いやられた。
つづく総選挙で共和派は破れ、右翼連合が政権を掌握した。これに対して、翌34年には、カタルーニャの共和国宣言、マドリードでのゼネスト、そしてアストゥーリアス地方では社会、共産そしてアナーキストらが反乱を起こすなど、世情が騒然としてきた。
1936年2月に実施された総選挙で、再び左派の人民戦線が勝利し、アサーニャ政権が返り咲いた。これに対し、7月18日、フランコ将軍が蜂起し、スペインは内戦に突入した。ヒトラーはフランコ将軍を応援するために、北部バスクのゲルニカ市を無差別空爆した。
一方で、反ファッショや自由のために世界中から約7万人もの人々がかけ参じた。その中にはヘミングウェーのような文化人や知識人も大勢含まれていた。スペイン内乱について後に多くの文学作品や記録が残されたのはこのためである。
1939年4月1日、フランコ将軍の勝利宣言と共に内戦は終結した。してこの後彼は、長期の独裁体制を築き、国家元首として君臨することになる。フランコの独裁体制は、彼が1975年に死去するまで36年間続いた。この間多くの共産主義者や共和派の人々が処刑された。
(参考サイト) 「スペイン現代史へのおすすめ」 http://www.spain-japan.com/xx/xx.html
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