橋本裕の日記
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| 2002年01月30日(水) |
自分を愛するということ |
日曜日、何気なくテレビをつけたら、NHKの再放送で、「瀬戸内寂聴の人生相談」の再放送をやっていた。テーマは「自分を愛するということ」だった。
寂聴さんは「自分を愛せない人間は他人を愛せない」という。だから、自分を好きになり、愛することが必要だという。なるほどと思って、夕食の時にその話をすると、「自分しか愛せない人もいるけどね」と妻が私の顔をみながらまぜかえす。たしかに(私のように?)自分しか愛せない人もいるが、しかし「自分を愛せない人は、他人を愛せない」ということは真実かも知れないと思った。
寂聴さんはまた、「自分が幸福でない人は、他人を幸福にできない」とも語っていた。こうして書き出してみるとあまり説得力がないが、番組では具体的な悩みの相談にたいする解答だったので、なるほどなと納得できた。
「援助交際はべつに迷惑をかけるわけではないから、いいんじゃないの」と食ってかかる女子高生に、「それで、あなたは、そんなことしたいと思うの」ときいていた。「私はしようと思わない」という答えに、すかさず、 「そうでしょう。それは、あなたが自分で自分のことを大事に思っているからよ」 この言葉に、女子高生の険しい顔が可愛くほころんだ。
自分を好きになること、そして大切にすること、そのことのがすべての原点かも知れない。しかし、それではどうしたら、人は自分を好きになれるのだろう。そのためには、その人が大切に思われ、愛された体験が必要なのではないだろうか。そこで思い出すのが、金子みすヾの詩である。
私と小鳥と鈴と
私が両手をひろげても、 お空はちっとも飛べないが、 飛べる小鳥は私のやうに、 地面(じべた)を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、 きれいな音は出ないけど、 あの鳴る鈴は私のやうに、 たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、 みんなちがって、みんないい。
この詩は現在、小学校の国語の教科書に必ず載っているという。つまり、日本国中の小学生が、かならず一度は眼にして、学校で先生から話を聞くわけだ。そしてこの詩を読んだ子供たちから、「こんなやさしい詩を、はじめて読みました」という手紙が寄せられているという。
金子みすヾを世の中に紹介した童謡詩人の矢崎節夫さんは、「こうした手紙がくることは、ほんとうは悲しいことだ」と言う。そうした手紙がくるのは、子供たちが生きてきた人生の中で、「みんなちがってみんないい」という無条件の愛を受けたことがないからだろう。そうした淋しい現実を考えると、たしかにかえって辛くなる。
矢崎さんは金子みすヾは「母親のような人だ」という。子供の心の痛みをそのままそっくり受け入れ、まるごと肯定してくれるとほうもなく大きな愛。今、子供たちに必要なのはそのような愛であり、私たち大人にとって、みすヾの詩はその美しいお手本なのだろう。
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