橋本裕の日記
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最近、文章はほとんどパソコンを使って書くようになった。書くと言うより、叩くとか、打つという感じである。ワープロソフトを使うと、手書きよりも早く、楽に文章を書くことができる。とくに漢字を書くのが楽になった。
手がきのときはあまり面倒な漢字を使うことはしない。だから、和文調のやわらかい文章になる。たとえば、「場所」と書くかわりに、「ところ」と書く。「書く」という単語も「かく」とひらがなで書く。それがワープロだと、どうしても漢字が多くなり、文体も漢文調になるようだ。
これは私ばかりではなく、他の人でも同じことだろう。ワープロで書いた文章は漢字が多くなり、むつかしい表現が多くなる。そして、その分、立派な文章が書けるようになったと自惚れたりするが、これは錯覚だろう。
「漢字と日本人」(文春新書、高島俊男著)によると、ほんとうに教養のある人は、やさしい文章を書くそうである。難しい漢字を使った難解な文章を書くのは、むしろ教養のない人らしい。
「漢字をよく知っている人は漢字の多い文章を書く、と思っている人があるようだが、それは逆である。漢字の多い文章を書くのは、無知な、無教養な人である。これは第一に、かなの多い文章を書くとバカにされるんじゃないだろうかと不安を感ずるからである。
第二に、漢字をいっぱいつかった文章を書くと人が一目おいてくれるんじゃないかというあさはかな虚栄ゆえである。第三に、日本語の本体は漢字で、どんな日本語でもすべて漢字があり漢字で書くのがほんとうだと信じこんでる無知ゆえである。
ボラはどう書くのムジナはどう書くのナメクジはどう書くのと言っているのは、かならずこういう程度のひくい連中である。ワープロが普及してからいよいよこういう何でも漢字を書きたがる手合いがふえてきた」
高島さんは漢字の専門家だが、文化植民地根性丸出しの、儒者、漢学者、漢文先生が大嫌いだという。そして何かと横文字を使いたがるハイカラな手合いも大嫌いらしい。この本を読んでいると、いちいち思い当たることがあり、反省させられる。
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