橋本裕の日記
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tenseiさんは、太宰治の「正義と微笑」が好きだという。高校生の時に、太宰のこの文章に出会って、「心を耕す」勉強の大切さを教えられたという。彼のHPから、その一部を引用させていただこう。太宰はこの文章を恩師の言葉として書いているらしい。
「覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記していることではなくて、心を広く持つということなんだ」
勉強するということは、「こころを耕す」ということ。つまり「自分という人間をつくる」ということなのだろう。教育の目的も人づくりである。すこし難しい言葉で言えば、「人格の形成」ということになる。
そうすると、数学や理科を勉強して、人格の形成になるのか、反論が出るかも知れない。これにたいして、作品中の恩師はこんな風に語っている。
「代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強しておかなければならん。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ」
最後は妻子を捨てて、女性と心中してしまった太宰治が、こんな言葉を書き留めている。この生真面目さを意外に思う読者もいるかもしれない。しかし、彼は学生時代、かなり勉強家だったようだ。ガリ勉ではなかったが、そこそこ優等生だった。彼もtenseiさん同様に、この恩師の言葉に感激したのかも知れない。
「学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものなんだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん」 私は勉強はやはり必要性があっておこなわれなければならないと思っている。代数や幾何もまた、私たちの論理力をきたえてくれる。決して日常の役に立たぬ無用の長物というわけではない。しかし、そうしたことも含めて、学問が本来、心を耕してひろくゆたかなものにし、人格を高めるためにあるということはほんとうだと思う。
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