橋本裕の日記
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2001年12月14日(金) 食料の過剰と不足

 日本では米があまっている。米ばかりでなく、たくさんの食料があまっていて、食べ残した食料は年間1600万トンほどになるという。これはアフガンの人々の3年間分の食料に相当するらしい。(12/11の朝日新聞)

 それではアフガンを攻撃しているアメリカの年間の食べ残し量はどのくらいかというと、なんと4360万トンになるという。世界の食糧援助の総量が1000万トンだから、これはアメリカと日本の食べ残し量の1/6にすぎない。

 世界には栄養不足の人たちが8億3千万人もいる。しかし、世界的に見ると、食料生産は足りている。たとえば世界の穀物生産は推定で18億7千万トンだが、これは世界の人口を養うのに必要な量の2倍だという。

 2倍も生産していて、なぜ地上に飢餓や栄養不良で苦しむ人々が満ち満ちているのか。それは、いうまでもなく私たち先進国にすむ一部の人間が食料を過剰に消費しているからである。そのしわ寄せが、もう片方で窮乏を生む。たとえば、タイやベトナムは国内に1千万人をこえる栄養不良者をかかえながら、それでも外貨を稼ぐ必要上米を輸出している。

 必要量の2倍を超える穀物は、それではどこへ行くのだろう。食べ残し量も馬鹿にはならないが、多くは牛や豚などの家畜の餌になっている。私たちは年間6億6千万トンもの穀物を家畜に与えている。これは穀物全生産量の1/3を超える量である。

 ところで、牛を1キログラム太らせるのに、8倍の穀物が必要になるという。豚で4倍、鶏だと2倍の穀物を与えなければならない。穀物を直接食べるのではなく、牛や豚を太らせて、その肉を食べるために、これだけの穀物が余分に消費されている。

 インドのヒンズー教徒は牛を食べない。何故食べないかというと、牛は神であり、聖なる動物だからだという。イスラム教とはまったく反対の理由で豚を食べない。私たち日本人も江戸時代までは仏教の教えに従って肉食を慎んできた。宗教上の理由はともかくとして、こうした掟があったため人類は食料の過剰な生産や浪費を免れ、環境の決定的な破壊や汚染を免れて、今日まで生き残ることができたのかもしれない。その抑制がなくなりつつある。

 今日本やヨーロッパで問題になっている狂牛病も、こうした先進国の資源浪費や環境破壊にたいする警鐘かもしれない。牛や豚を太らすために使われている穀物の10分の1でも食料援助にまわすことができたら、飢餓線上にある何千万という人々の命を救うことができる。食料生産に伴う環境問題もふくめて、私たちはこのことを、もう少し真剣に考えてもよいのではなかろうか。


橋本裕 |MAILHomePage

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