橋本裕の日記
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プラトンは、「考えるということは、心の中で、もうひとりの自分と、声を出さない対話をすること」だと書いている。つまり、考えるということは、自分の中にもうひとりの自分を作り出し、彼の言葉に耳を傾けることである。
したがって、「考える」ためにはある程度自己を相対化し、対象化することができないなければならない。自己の中にさまざまな意見を持つ他者をかかえこみ、そうした他者の存在を許容する自由で寛容な空間を持たなければならない。
自分の内部にこうした「対話の空間」をもてるかどうか、これはかなり重要なことだと思う。なぜならそうした心の培地がなければ、実りあるゆたかな対話が成り立たないからだ。それはとりもなおさず、彼の人生を偏狭で淋しいものにする。
プラトンは「自己とはもうひとりの友」だと考えていたが、アリストテレスは「ニコマコス倫理学」のなかで、「友は第二の自己である」と書いている。これは道元禅師の「他己」(他人はもう一人の自分)という言葉に近い。自己は他者であり、他者は自己であるという世界こそ、洋の東西を問わず、賢者たちが理想とした世界だった。
自己の中に多くの他者を住まわせることで、自己内対話もまた豊かで、創造的なものになる。そして自己を相手に豊かな対話をなし得る者が、より深く考えることができる者であり、他者との対話を通して、自己の人生をより意義深いものにできるのだろう。
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