橋本裕の日記
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人間は自然が好きである。自然の精妙な美しさには、誰しも心を惹かれる。そして、宇宙や自然に対する畏敬の念は、現代人の心の奥にも生きているに違いない。未来の世代に残したいものの第一に「自然」をあげることに、だれしも異存はないだろう。
しかし、そうした自然の中で生きる人間という存在の不思議さにも心を惹かれる。人間の内面世界にも、宇宙に勝るとも劣らぬ広大な神秘の領域があるのではないだろうか。私はそうした思いから、文学や哲学に親しむようになった。そして、万葉集こそ、私たち日本人の魂のふるさとだと思うようになった。
しかし、「自然」や「人間」の運命は、私たちが生きている「社会」のありかたに多く依存している。美しい自然を残し、人間の幸せをこの地上に実現するために、私たちは社会の在り方に目を向けなければならない。「自然」「人間」と並んで、「社会」もまた、大きな関心事とならないわけにはいかない。
先月、私は修学旅行の引率で長崎を訪れた。高校2年生の時、修学旅行で訪れて以来、30数年ぶりの長崎だった。30数年をへだてて、私の脳裏にはっきり残っている記憶がある。それは原爆資料館でみた、被爆者の遺品の数々である。
たとえば、頭蓋骨の骨片の癒着した鉄兜がある。高校生の私はその前に立ち、思わず息を呑んだ体験をしたが、51歳の私も、同じ思いで見つめた。どうしてこんなことが起こったのか。高校生の私の頭を襲った疑問が、ふたたび生々しく甦ってきた。
日本国憲法はアメリカによって与えられた憲法だという人がいる。たしかに、この憲法の草案を書いたのは若い理想主義に燃えるアメリカ人たちかもしれない。しかし、戦後の日本人はこの憲法をよろこんで受け入れた。
なぜなら、そこにはこれまで日本人が知らなかった「主権在民」や「平和主義」「基本的人権の保証」「世界貢献」という大切な精神が、瑞々しく漲っていたからである。そこにはフランス革命、アメリカの独立戦争をへて到達した人類の英知が結晶していた。
私たち日本人は、多くのものを世界から学んできた。稲作や製鉄技術、文字や仏教などの精神文化、古代の律令制などもことごとく模倣である。近代に至っては科学技術や哲学や文学、音楽など、ことごとく西洋の技術や文化の移植である。
日本国憲法もまたそうした外来文化の一種だと言えるかも知れない。しかし大切なことは、外来でない文化などこれまで日本に存在しなかったと言うことであり、文化というのは本来そうしたものだという認識であろう。与えられたものをどう生かしていくか、そしてその種を育てて、どんな美しい花を咲かせるか、日本人の独創性がためられるのは、これからだと思う。
この半世紀、日本は平和だった。もし「日本国憲法」がなかったら、この平和の維持はむつかしかっただろう。アメリカはたぶん日本を先兵として、朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争に使いたかったはずである。しかし、さいわい日本には「憲法」があった。
私は、憲法の条文について、必要なら改正してもよいと思う。しかし、憲法の精神は堅持していきたい。なぜなら日本国憲法こそ、世界の未来を開く大切な鍵だと思うからだ。私たちはこの鍵を手にしている。しかし、ただ手にしているだけではいけない。積極的に活用すべきであろう。
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