橋本裕の日記
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日本人として、将来の世代に残したいものの二番目に、「万葉集」をあげたい。1200年以上前に編纂されたこの歌集には、4500首をこえる大小の歌が収められている。天皇や貴族ばかりではない。そこには農民や防人、遊女に至るまで、すべての階層の人々の歌がそろっている。
このような詩歌集は世界でも例がないのではないだろうか。しかも、この歌集は単に古いだけではなく、その内容がこれまたすばらしい。万葉とは「よろずの言の葉」だというが、読んでいると本当に深々とした人生の森に踏み込んだような豊かな生命の息吹を感じる。
あしひきの 山のしづくに 君待つと われ立ちぬれぬ 山のしづくに (巻2−107 大津皇子)
吾を待つと 君がぬれけむ あしひきの 山のしづくに ならましものを (巻2−108 石川郎女)
磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど 見すべき君が ありといはなくに (巻2−166 大来皇女)
私が万葉集に出会ったのは、いまから30年近く前の大学生の頃だった。下宿の寺で何げなくラジオを聴いていて、犬養孝さんの「万葉の人々」という番組を知った。そこで解説・朗読された万葉集の歌がすばらしかった。以後、30年間近く私はその魅力にとりつかれ、誰彼となく身近な人にその魅力を語ってきた。この日記帳にも、これまで何度も書いた。
私が万葉集に惹かれるのは、そこに時代を超えた「人の心の原点」があるからである。言うまでもなくそれは「人を愛する喜びと、愛する人と別れる悲しみ」に集約される。しかもそうした人間の営みが、大きな自然のふところのなかで美しく哀切に歌われている。
そうした人生の哀歓を、精一杯歌った古代の人々の心の声が、そのまま現代に生きる私たちの人生への応援歌になっている。決してうわすべりでない、ほんとうに心の芯まで温めてくれる、心の栄養剤であり、心の強壮剤でもある、このかけがえのない歌集は、未来の世代の人々の心にも、爽やかな人生讃歌の灯をともし続けることだろう。
かにかくに 人はいふとも 織りつがむ 我がはたものの 白麻衣 (巻7−1298)
(人はいろいろ噂するかもしれません。でも、私を思って 下さる人のために、まっ白で美しい麻衣を織り続けます)
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