橋本裕の日記
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先日、学校主宰の「国際理解講演会」で、日本在住で国際交流の仕事をしているパワーさんの講演を聴いた。彼はオーストリア生まれで、アメリカの高校、大学で学んだということで、海外の教育事情について、いろいろ話を聞くことが出来た。
夏休みが3ヶ月もあること、教科別の入学試験がないこと、学費が安くて、学生は自分でアルバイトをしたりして学費や生活費をまかなっていること。いずれも本で読んで知っていたので、ことさら耳新しいことではなかったが、実際聞いてみて、やはりうらやましいなと思った。
ほとんどの大学で教科別の入学試験がないので、もちろん塾などもない。したがってアメリカやオーストラリアの高校生は、日本の受験生のような詰め込みの勉強はしない。むしろアルバイトをしたり、ボランティア活動や旅行、そしてスポーツや男女交際など、他にすることがたくさんある。
日本の高校生が受験勉強に忙しいときに、彼らは青春を思い切り楽しみ、そしてまあ、単位を落とさない程度に、そこそこ勉強をする。とうぜん、平均的な学力はそれほど高いとは言えないだろう。
しかし、大学に進学した後は、かなり精力的に勉強するようだ。この点、大学に合格したとたん、学習意欲を失う一般的な日本の大学生とは対照的である。要は大学にはいる前に勉強するか、入ってからやるかという違いだが、さて、どちらが望ましいかということになると、軍配はあきらかだろう。
2005年度からセンター入試の方式がかわって、5教科7科目になるようである。これまで医学部の学生なのに、生物を選択しないで入学してきた学生がいたりして問題になっていた。こうしたことをなくすために、受験科目を増やして、受験生にさらに幅広い科目を履修させようというねらいのようだ。
今の学生は、受験に関係がない教科は勉強しないし、高校でも進学の実績をあげるために、受験に有利になるようにカリキュラムを組んでいる。したがって学力に偏りが出来て、大学生になってからの教育が大変である。こうした弊害をなくすために、受験科目を増やすしかないと教育科学省や大学関係者は考えたのだろう。
しかし、私はこれに反対である。その理由は、受験のための勉強をこれ以上生徒に強要すべきではないと考えるからだ。むしろ、アメリカやオーストラリアなど、他の先進国並に、入学試験の受験科目から一切の教科をなくすことを提案したい。国語と数学だけは全国統一の大学入試資格試験を受けさせるが、これも基本的問題にしぼって出題することにする。
そんなことをしたら、ますます生徒は勉強しなくなるという声があちこちから聞こえてきそうである。しかし、本当にそうであろうか。「受験科目でないと勉強しない」というのは現在の体制が作り出した現実ではないか。
学ぶことは本来楽しいものである。「強制されなければ勉強しない」と考えるのは、教師自身が受験体制の中で強制されて勉強してきたからだろう。そうした思いこみから私たちはもっと自由になる必要がある。
受験体制から解放されるのは、生徒ばかりではない。学校や教師もそうである。あたらしい体制のもとで、ほんとうに教育の名にあたいする創意と工夫に満ちた魅力的な営みが始まるのではないか。教育を蘇生させるためにも、受験中心の日本の教育体制を打破したいものだ。
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