橋本裕の日記
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2001年11月16日(金) 英語の正しい学習法

 自転車をマスターする秘訣は、最初はペダルを漕ぐことはしないで、ハンドル操作に専念することだという。ハンドル操作でバランスを取ることを覚えてから、ペダル漕ぐことを始めればよい。

 ハンドルとペダルといった、お互いに異なった技術を同時にマスターしようとするから、それぞれの学習が干渉しあって、習得がむつかしくなる。これはなにも自転車乗りだけではなく、一般的に成り立つ学習理論である。

 語学の学習の場合で言えば、「話すこと」と「書くこと」がこれにあてはまるだろう。母国語を習得する場合は、まず「話すこと」からはじめ、やがて「書くこと」に進む。これが自然な過程である。

 ところが、私たちが学校で英語を習う場合は、「話すこと」と「書くこと」が同時進行である。これはつまり、ハンドルとペダルを同時に覚えようとしているのと同じで、効率の悪いやりかただと言わなければならない。

 どうしてこんなことになるのかというと、学習の効果を「書くこと」によって測ろうとするからである。本来は「話すこと」が大切なのに、それではペーパーテストが出来ないので、どうしても「書くこと」中心の学習になる。

 小学校では来年度から新指導要領の「総合的な学習の時間」が本格的に実施されるようになる。これにともない、多くの小学校で「英語の時間」が始まるようだ。とうぜん、ここでは「話す英語」が中心にならなければならない。

「小学生のわが子を英語好きにする本」(中経出版)の著者で東京外国語大学教授の田島信元さんは、「小学校英語は、英語を道具として位置づけている点と、教師が評価をしない点がポイント」と話す。

「幼い子供が言葉を覚え始める時は、間違っていても耳で入ったことを口に出し、繰り返し使うことで正しい言葉遣いを身に着けていく。英語も同じだ」と言う。

 小学生の「英語の時間」に限らず、中学、高校の英語も本来はコミュニケーションが目的でなければならない。英語を勉強するのではなく、英語で様々なことを楽しむ経験が大切だ。小学校の英語が、「書くこと」に偏った中学や高校の「試験のための英語」の先取りであっては意味がない。

 自転車と英語、実はこの両者はよく似ている。いずれも、私たちの生活に役立つ道具であり、また生活を楽しむための手段だと言うことだ。自転車についての専門的な知識を身につけても自転車が乗れるわけではない。同様に英語についていくら研究しても、英語が使えるわけではない。


橋本裕 |MAILHomePage

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