橋本裕の日記
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2001年11月11日(日) 数学教育の未来

 千葉大では98年度の入試から「飛び入学制度」が実施された。当初数学科と物理科で予定されていたが、結局数学科では導入が見送られている。試験という形式にこだわる限り、数学的才能を判定することが出来ないという現場の声が大きいからだそうである。

 問題が与えられると、それを迅速に正確に処理することが得意な人を、数学者の世界では「プロブレムソルバー」と呼ぶ。そして「プロブレムソルバーは伸びない」という定説があるらしい。

 たとえば、十数年前、イギリスに史上最大の天才と騒がれたルイス・ロイスという少女がいた。彼女は12歳でケンブリッジ大学の数学科を首席で卒業し、そのまま大学院へ進学して、15歳で博士課程を修了した。しかし、その後彼女が何か特別な数学的業績を上げたという話は聞かない。つまり、彼女は単なるプロブレムソルバーであって、優秀な数学者とはいえないわけだ。

 長年塾で受験指導をやってきて、著書も多い渡部由輝さんによると、試験で測定できるのは数学的才能のたかだか10パーセントくらいで、中学や高校での試験成績は数学者として優秀かどうかにほとんど関係しないという。たしかにこうした事実があるので、日本以外の先進国では個別の大学入試で数学を課さないのだろう。

「受験数学」などという言葉が存在すること自体、数学にとって自己矛盾だといえる。 ところが日本では大学別に、数学の試験を実施し、これによって受験生を選別している。「受験数学」の勝者でなければ数学者にも科学者にもなれないというおかしな制度が出来上がっているのだ。

 アメリカではSTA(入学資格試験)で数学を課しているが、教科書の基本問題のレベルなので、特別な受験勉強が必要なわけではない。むしろ中学生や高校生はアルバイトやスポーツ、ボランティア活動などを通して、社会性を身につけ、友人や家族との個人生活を楽しむ。こうした中で、人生に対する認識を深め、将来に向けての展望を切り開くのである。

 これに対して、日本では「受験」がすべてに優先される。なぜなら、上位の大学に合格するには、入試問題というおよそ馬鹿げた難問奇問をきわめて短時間に正確に解答するという信じられないような神業が要求されるからである。

 今かりにSTAの数学の試験に合格するために必要な学習時間の必要量を1とする。そうすると、日本のセンター入試で約3倍の学習量が必要だという。東大や京大といった一流校に入るには、10数倍の学習をしないとこの特異な能力は身に着かない。

 問題はこの特異な能力が、その後の学習に対して、マイナスにしかならないという点である。過酷な受験勉強は人間的にもかたよった特異なプロブレムソルバーをつくりだしているだけで、実のところこうした人々はその後ほとんど伸びることはない。なぜなら彼らは単なる架空な人工世界に適応したプロブレムソルバーに過ぎず、豊かな構想力や自由な発想を尊ぶ本当の学問の世界とは無縁の住人たちでしかないからだ。

 いま、日本の大学の研究室のほとんどは、この灰色の人種で占領されているのではないだろうか。高校や中学の数学教師もまたこの灰色の思考に汚染されている。さらに巨大な受験産業がこれをあおっている。こうしてみると、日本の数学教育の未来はまことに暗いと言わなければならない。いうまでもなく、このことはとりもなおさず、日本の将来が暗いということである。


橋本裕 |MAILHomePage

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