橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
一昨日、岐阜県の板取村まで行ってきた。天気は曇りがちだったが、時折日差しが差してきて、日差しに輝いた川浦渓谷の紅葉がすばらしかった。山道の落ち葉を踏みながら、妻と二人で平和な日本の秋を満喫した。
「緑とオアシスの森」というところによって、昼食をとった。山菜御飯と豚汁の定食は500円だったが、量がたっぷりあって満腹になった。途中の喫茶店で飲んだコーヒーと水もおいしかった。
豊かな自然の中に身を置いていると、心身がいやされる。この状態こそ人間の理想的な状態ではないかと思われる。いそがしい社会生活のあいまに、こうして自然に身を任せてみることも大切だろう。
私の場合は毎朝通勤途中に木曽川の堤に車を止めて、あたりの景色を眺めながらオカリナを吹くことにしている。もう、1年以上続いているが、こうした早朝の10分間を持つことで、心がリフレッシュされて活力が湧いてくる。
テニスなどスポーツで大切なのは「基本姿勢」である。相手の動きに的確に反応するためには、基本姿勢ができていなければならない。そして反応した後は、ふたたび基本姿勢にもどる。基本姿勢は基本的な構えで、これが出来ているとあらゆる状況に対応できる。
仏教では「諸法無我」とか「無の境地」というが、要するに雑念や偏見に満たされていては、物事の正しい姿は見えてこないし、何が真実かということもわからないということである。基本的な構えが必要なのは、スポーツに限ったことではない。人生もそうだろう。迷いが生じてきたら、「原点は何かにか」という問いに立ち返ることが必要だ。
基本姿勢とは、つまり心の原点だということもできる。原点を持たない人の心は、座標軸の中心がないので、外界の状況に流されて動いていくことになる。自己が確立されないまま回りの情勢に振り回され、受動的にしか生きられないことになる。 何かに囚われて自然体で生きることが出来ずに、いつも緊張していて情緒が安定しないことになる。ものごとを公平に見ることが出来ないので行動や思考に偏りが出来て、対人関係でも仕事の上でも成果をあげられない。
人き方の正しい原点を見出せば、それを足場にして、自分の人生に自信を持つことが出来る。人生や社会を公平に眺め、その本質を的確に掴んで対応が出来るので、あまりつまらない枝葉末節に煩わされないし、こせこせしないでおおらかに生きることが出来る。
私たちはともすると、こうした「生き方の原点」を持つことの大切さをわすれ、右往左往して心身を消耗させている。だからたまには都会を離れて自然のふところの中に身を置いてみることも必要だろう。人生に行き詰まりを感じたら、すべてをリセットして、生き方の原点に帰ることが大切だ。
|