橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
井上靖といえばシルクロードだが、なかでもアフガニスタンを愛し、何度も訪れているという。かってこの国がどれほど平和で美しく、魅力的であったか、井上はこう書いている。
「この灰色の町(カブール)は、絨毯屋の多い繁華な町中に立つと、こんどはシルクロードの町に替る。町には近代的なビルが並んでいるが、その中を全身がすっぽりと袋のようなチャドリに収めた女も歩いているし、スカーフ様に顔だけを包んだチャデルの女も歩いている。
種族によってはそれぞれ異なったターバンで頭を包んでいる男たち。果物をのせた大きな籠を頭にのせている老人も居れば、驢馬を連れた少年たちも町を横切って行く。町は平和そのもので、町の人たちの表情はおだやかである。
しかし、アム・ダリヤの向こうの西トルキスタンのどの町々より生き生きしたものを感ずるのは、かつてのシルクロード時代の町の表情が、さして変わることなく、今に受け継がれているからであろうか。
この町の夜は美しい。星も美しいし、燈火も美しい。空気が澄んでいるからであろう。そして何よりも羨ましいことは都会の騒音がないことである。(井上靖「古い隊商路(1971)」)
この後10年を経ずしてカーブルはソ連の最新兵器に蹂躙されて廃墟と化した。この地上でもっとも美しかった国の自然と文化が、今は小説家の文章でしか味わえないのが残念である。
(池澤夏樹さんのメールマガジン「新世紀へようこそ」から、井上靖の文章を孫引きさせて頂きました)
|