橋本裕の日記
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10月19日(金) 太宰府
台風の影響が心配されたが、秋晴れの好天になった。昨日は名古屋空港8:56発の旅客機で福岡空港まで。そのあと観光バスに乗り換えて、太宰府天満宮、有田焼の磯州窯に行き、「てびねり」体験をした。佐世保のホテルで一泊した。
天満宮では、長女が受験でお世話になったので、そのお礼をした。ガイドさんに3拝3拍2拝のお参りの仕方を教えてもらったが、3拍3拝2拍とアベコベをやってしまった。まぁ、こういう形式はどうでもいいという頭があるので、こういうことになったようだが、神様に失礼なことをしてしまった。
太宰府政庁跡というのが近くにあったが、修学旅行のコースから外れているので、足を伸ばすことができなかった。そのむかし、大伴旅人や山上憶良らが歌を詠んだところである。家持もこの地で多感な少年時代を送ったことだろう、そんなことを考えながら、あたりの山を眺め、水城の跡を眺めた。
10月20日(土) 長崎の鐘
長崎を訪れるのは、高校時代に修学旅行で来ていらい、30数年ぶりである。平和公園の平和の像や平和の鐘を眺めた跡、原爆資料記念館に入った。30数年前に見て記憶に刻まれたのは頭蓋骨の付着した鉄兜だったが、今回はそれも片隅に展示されていた。
それを眺め、原爆でなくなった方々の遺品やパネルを眺めているうちに、アフガニスタンのことを思い出した。アメリカの空爆が始まり、今も同じような悲惨が地球で繰り返されているのだと思うと憂鬱である。
平和公園を出たあと、築町の中華街で「皿うどん」を食べた。同僚の先生に誘われるままに、軽くビールを一杯。生徒たちが「先生、僕らものみたい」とうるさいこと。
そこを出て、オランダ坂を通り、浦上天主堂やグラバー邸のあたりに来たが、時間の都合で入らなかった。教員詰め所になっている全日空ホテルのラウンジに行き、ゆっくりコーヒーを飲み、同僚たちと話しているうちにいつかバスの時刻がせまっていた。
宿のある小浜温泉に行く途中、普賢岳がきれいに見えた。そのふもとの火砕流跡地を見学したが、今は土産物屋が並び、すっかり観光化している。小浜温泉の宿に着いたのが少し遅くて6時ごろ。そのあとが慌ただしかった。
宿の浴場は別館になっていて、とても広くて生徒たちが喜んでいた。私は12時まで館内見回りの当番になっていたので、入浴は12半頃になった。屋上の露天風呂に一人でつかりながら、眼前の海を眺め、星空を眺めているうちに、睡魔が襲っていた。
10月21日(日) ハウステンボス
最終日の昨日は8:00に宿を出て、ハウステンボスに行った。オランダの街並みや風車がそっくり再現されているということで、オランダに興味がある私は見学するのが楽しみだった。
ガイドさんのお薦め通り、カナール・クルーザに乗って、ドムトールンに向かった。運河の両側に水車やレンガ造りの街並みが眺められ、いかにも異国らしい風景である。
運河の堤にはコンクリートは使ってない。すべて石積みでできていて、生態系に配慮しているとのこと。水と土がこの石積みで接していて、「皮膚呼吸」をしているとのことだ。これは実際のオランダの運河や川もそうなっているらしい。
これは街並みの道もそうで、アスファルトやコンクリートではなく、敷石になっている。もう何百年も前から、石を立方体に切って、それを埋めて道を造ってきたらしい。電柱や電線はなく、すべて地下の生活溝にまとめてあるらしい。
そこを光るケーブルも通っていて、コンピューターによる制御が行き届いており、御見かけは昔だが、機能は現代的である。ちなみに「アウステンボス」は行政的にも正式な町になっていて、「自然と人間」「伝統文化と科学」の共生をめざした未来都市づくりを目差しているのだという。思わず応援したくなった。
クルーザーを降りて、ドムトールンに登り、地上80メートルからの景色を眺めた。ディズニーランドの1.5倍の広さだというだけに、森や池や運河が広々と眺められた。そこをおりて、一番奥にあるパレスハウステンボスに行った。
このパレスは実際にオランダにある宮殿を正確に模造したものだという。内部が美術館になっているらしいが、私たちは時間の都合で庭園を散策しただけでそこから引き返した。途中港に停泊している帆船を眺めた。「臨海丸」の模造船も停泊していた。
11:20から1時間、当番で本部に詰めていた。それから昼食を食べに、ふたたびドムトールンの飲食街に出かけた。途中「チーズの農家」に立ち寄り、オランダから来たという白人の娘さんが二人、チーズ作りの実演をしているのを眺めた。「豆腐作り」に似ているというのがその感想である。チーズは「西洋の豆腐」と考えたらどうか。実際、しょうゆと鰹節で食べるとおいしいという。
オランダの地図を指しながら、たどたどしい日本語で、「アナタ、ここからきました」という。「僕たちは愛知県から来たんだよ」と目を白黒させていると、やっっと過ちに気付いて、すこし頬を赤らめながら、「ワタシタチ」と訂正した。そこで試食した醤油と鰹節のチーズがあまりにおいしかったので、チーズを食べない私が思わずおみやげに買ってしまった。
アウステンボスを出て、福岡空港へ。空港で生徒の祖母だという人から明太子のおみやげをもらった。名古屋空港についたのが6:40である。事故や病気もなく、好天に恵まれた3日間だった。それでも生徒の付き添いは大変だ。この2日間、就寝は1時過ぎだったが、起床は5時前。昨夜は久しぶりの快眠だった。
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