橋本裕の日記
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今年の秋も去年についで、「万葉集の旅」ができそうである。徳さんが旅館の手配や旅の計画を考えてくれたおかげだ。私も北さんもどちらかというと実務的能力に欠ける。口ばかりで実行力がともなわない。だから、徳さんのようなボランティア精神のある人がいないと、旅行もまとまらない。
徳さんに希望を聞かれて、広隆寺の弥勒菩薩、それから琵琶湖湖畔の寺々に多く保管されているという十一面観音像を見たいと希望を述べた。こうした十一面観音について、井上靖や水上勉が小説に書いていた筈だが、あいにく小説の題名も寺の名前もわからない。
ところが、徳さんが井上靖の小説を読んでいた。「星と祭」という小説だそうである。有名な国宝の十一面観音が祭ってあるお寺の名前も、徳さんのHPの掲示板である人が「渡岸寺(向源寺)」だと教えて貰った。
渡岸寺は湖北の高月町(たかつき)にある。 この町は古くから京の都と北陸を結ぶ交通の要衝として栄えた。しかし、戦国時代にはこの湖北一帯は戦火が絶えなかった。高月町のすぐ東隣には織田信長によって滅ぼされた浅井長政の小谷城址があり、北には秀吉と勝家が雌雄を決した賤ケ岳決戦場、南には浅井・朝倉連合が織田・徳川連合軍と戦った姉川古戦場がある。
渡岸寺は天平8年(736年)聖武天皇の勅願によって泰澄(たいちょう)が十一面観音を刻み、観音堂を建立したという。桓武天皇の延暦20年(801年)に、最澄が勅を奉じて七堂伽藍を建立し多くの仏像を安置して大刹として栄えたが、1570年浅井・織田の戦火のため堂宇は悉く焼失、寺領も没収され全く廃滅してしまった。
しかしこの戦乱の中、観音様を崇拝する村人の手により観音像だけが兵火の中から搬出され、土中に埋蔵されて難を免れた。翌年、当地の豪族により建てられた一宇の坊に安置され、雨露を凌いで明治に至ったと伝えられている。渡岸寺の十一面観音だけではなく、多くの十一面観音が同様な歴史を持ち、土地の人々によって今日に伝えられてきたようだ。
義母に借りた「近江・若狭の古寺と仏像〜十一面観音の里を訪ねて」(日本交通公社9)を読むと、十一面観音は、頭部に10ないし11の仏面をつける観音菩薩で、この仏面は化仏(けぶつ)と呼ばれ、衆生の11の苦難を断ち、悟りに導くという功徳をあらわしていると書いてある。
渡岸寺十一面観音は、全体に面長の顔立ちで軽く腰を左にひねり、長く垂らした右手が上半身と均衡を保ち、官能的量感を備えているという。頂上と前面に菩薩面3、向かって右に瞋怒面3、左に狗牙上出面3、背後に大笑面1の計10面と本面とを併せ11面になっている。 頂上仏面に菩薩相を置き、左右各々の一面を耳の後ろに大きく表現しているのが特徴だという。義母も妻も数年前にこのお寺を訪れ、観音さまを拝んでいるらしい。
こうしたことを知り、渡岸寺の十一面観音に興味を持った私は、さっそく書店で「星と祭」(角川文庫)を買ってきて読み始めた。かなりの長編だが、読み始めるとすぐに作品の世界に没入することができた。
娘を琵琶湖の水難事故で亡くした架山がそのかなしみをいやすべく、湖畔に点在する十一面観音を訪ねて歩く。読みながら、そうした体験がない私も身につまされるような切なさを感じた。たしかに世評にたがわず、「死者と生者のかかわりを通して、人間の死を深く観照した、文学の香り高い名作」だと言える。
「架山は万葉集を繙いて、挽歌というもののすべてを読んだ。そして架山はあらゆる挽歌に流れているものを、たんなる追悼の心として見なすことはできなかった。はっきり言えば、そこにあるものは対話であった。生きている時にお互いに交わすことのできぬ対話であり、相手が死んでしまえば、それはそれで、もはや交わすことができない対話であった」
最愛の娘を失った架山が、悲しみを胸に秘めながら、最初に訪れたのが渡岸寺の十一面観音で、彼はその凛とした気品のある美しさにひかれる。小説の中からいくつか拾ってみよう。
「胴のくびれなど ひと握りしかないと思われる細身でありながら、ぴくりともしないのはみごとである。しかも腰をかすかに捻り、左足を軽く前に踏み出そうとでもしているかのようで、余裕綽々たるものがある」
「観音像であるから気品のあるのは当然であるが、どこかに颯爽たるものがあって凛として辺りを払っている感じである。・・・確かに衆生を救わずにはおかぬといった必死なもの、凛乎としたものが、その顔にも、姿にも感じられ、それが観る者に颯爽とした印象を与えるのであろう」
架山はこれを機縁に、琵琶湖河畔に40体はあるという十一面観音像をひとつひとつ巡礼することになる。そしてその観音像に死んだ娘の面影を求め、さらには「永遠」というものの思いを巡らせることによって、生と死の対話を深めていく。絶望から希望へ、主人公の心境が老境にある井上靖の静かな円熟した筆致で美しく描かれている。
「皎々たる満月の光が、琵琶湖の面に照り渡っていた。架山は、船の上で、静かに眼を閉じた。湖の北から東にかけて、何体かの十一面観音が、湖を取り巻くように立ち並んでいた。・・・娘よ、今夜から、君は本当の死者になれ、鬼籍に入れ、静かに眠れ」
解説を書いている角川源義さんは、朝日新聞に連載されたこの小説を注目して読み始めたばかりのころ、実際に娘さんが自殺するという悲劇を体験し、もはや主人公の心の痛みが他人事ではなくなったとのこと。新聞に連載中に、同じ境遇にある親たちから、共感の手紙が寄せられたようだ。
6000人をこえる犠牲者を出したアメリカのテロをブッシュは「戦争」と表現したが、日本では年間3万人をこえる人々が自殺をしている。これもまた「戦争」と呼ぶことができよう。テロ以上に、姿の見えない敵を相手に、私たちはいかに戦ったらよいのか。この秋の十一面観音を訪ねる旅は、この「人生の問い」を巡る鎮魂の旅になりそうだ。
(参考文献) 「星と祭」 井上靖 角川文庫 「近江・若狭の古寺と仏像〜十一面観音の里を訪ねて」 (日本交通公社9) (参考サイト) 琵琶湖の風物詩 http://homepage1.nifty.com/~sakuranamiki/room1q.htm 高月町立観音の里歴史民俗資料館 http://www.biwa.ne.jp/~kannon-m/
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