橋本裕の日記
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一昨日、百円ショップへ行った。広いフロアに日常品から食料品、衣服、玩具、文房具、インテリア、何でも置いてある。しかもすべて百円だというのに驚いた。
私が欲しかったのは老眼鏡である。最近細かい字が見えなくなって困っていた。度数ごとにいくつかの籠の中に盛り上がって置いてある老眼鏡は、それぞれにデザインも多彩で、とても百円には見えない。
さっそくいくつか試してみて、気に入ったのを二つ買った。一つは私自身のためで、もう一つは妻へのプレゼント。妻は40代だが、最近私と同じく、近くが見えにくて、遠くがやけによく見えるという。
それにしても、百円ショップがこれほど魅力的だとは思わなかった。消費者にとっては有り難いことだが、これでどれだけの利益になっているのだろう。また、こうした安売りの店がふえることで、普通の店も一段と厳しい価格競争に巻き込まれることになるのだろう。
バブル崩壊後、日本経済を立て直すうえでキーワードとなってきたのは、市場原理だった。これは弱肉強食の世界でし烈な競争を勝ち抜いた企業、個人が評価される仕組みである。
市場原理というのは、市場におけるこうした弱肉強食の競争原理と同義と言っていい。そして、百円ショップはその最前線だろう。単に低価格だということだけではなく、それなりの品質の商品が豊富にそろっているところが強みである。
しかし市場におけるこうした価格破壊の動きは、いずれ労働市場での賃金破壊つながっていく。モノが安くなると、企業の収益が減り、賃金がカットされたり、リストラが行われて、失業が増える。そうするとますますモノが売れなくなり、企業はさらなる賃金カットやリストラに走る。
そしてやがて倒産が始まり、大量の失業者が街にあふれる。いわゆる「デフレスパイラル」だが、こうしたことを考えると、安売りショップの成功を、諸手をあげて喜んでばかりはいられない。価格破壊はやがて労働破壊、そして市場破壊へと進む可能性を秘めているからだ。
さらにデフレによる収入の目減りは、借金の返済をむつかしいものにする。666兆円の公的債務を抱える政府や地方自治体をはじめ、巨大な不良債権をかかえる銀行や企業、そして住宅ローンにあくせくしている個人にとっても、デフレは恐ろしい疫病神だ。
そこで最近注目されるようになったのが「調整インフレ論」である。あるていどのインフレを政策によって実現し、デフレを避けようというわけだ。しかし、インフレで物価が上昇しても、賃金は遅れて後追いするので、庶民の生活は苦しくなる。借金は目減りするが、貯金や保険や年金も目減りする。
インフレもデフレもあまりありがたくはないが、現段階でどちらがよいかと問われたら、私はデフレの方をとるだろう。日本の物価や賃金は世界の最高水準である。物価や賃金が半分くらいになっても、そうあわてることではないのではないだろうか。百円の老眼鏡で新聞を読みながら、そんなことを考えた。
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