橋本裕の日記
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地球環境をこれ以上悪化させないためには、世界全体の資源の消費を現在の半分にしなければならないと言われている。とくに資源を大量に消費しているアメリカ、日本をはじめとする工業先進国でこうした努力が必要だろう。
環境問題の研究者によれば、これらの先進国は工夫次第で、その生活のレベルを大幅に落とすことなく、資源の消費を現在のレベルのわずか10%にまで減らすことができるという。
そのための具体的方法としては、紙や鉄のような基本資源のリサイクル、製品の再規格化、そして車による通勤の代わりに通信を用いることなど、より無駄の少ない手段への代替が考えられる。
しかし、ここにもう一つ忘れてはならない伝統的な方法がある。それはかって私たちの先祖が所有していた「分かち合いの精神」を復活させることだ。オランダはこうした「分かち合い」をとおして環境問題の解決をはかろうとしている。
多くの国が車を増やそうとしていたころから、オランダではすでに環境面を考えて、車の私的所有を減らそうという政策がとられてきた。車にかける税率を高くしたり、駐車の制限、バスと自転車利用の促進などだ。そしてさらに、車を共用する「カー・シェアリング」という新しいアイディアを生みだし、当局がこれを後押した。
たとえばアムステルダムでは250ドルの保証金を払えば「カー・シェアリング運動」のメンバーになることができる。メンバーは特別な駐車場に止めてある共有車を、電子式のカードを使って自由に利用することができる。そして走行距離と時間に基づいて、料金が月末に請求される。
毎日車を使う人にとってはその料金は割高だが、年間の走行距離が1万マイル以下で、公共交通やバイク、徒歩も利用できる人々にとっては、カー・シェアリングは魅力的である。これによって都会に住む多くの人は、自分で車を持たなくてもすむ。そして資源の節約にもなる。
オランダ人といえば、ケチで有名だが、言葉を換えれば彼らが節約家だということである。私的所有と浪費を美徳とする悪しき資本主義の時代は終わった。むしろ「共有と分かち合い」のオランダ式倹約術の中に、私たちは未来の心豊かな共生社会への展望を求めるべきだろう。
その具体例の一つである「カー・シェアリング」は「ワークシェアリング」とともに、オランダから世界に広がりつつある。労働を分かち合い、資源を分かち合う、こうしたオランダ式節約術が、一刻も早く世界の標準となり、日本の常識となる日がくることを祈らずにはいられない。人類にとって残されている時間はもうあまりないのだから。
(こう書いてきたが、日本の現状を考えると、いささか憂鬱になる。オランダに出来て、日本になぜ出来ないのか。なぜこうも日本は絶望的なのか。その理由を言えと言われたら、私は一言「日本に政策がないからだ」と答えよう。日本にあるのは政策ではなく、政略ばかりである。政策のように見えるものも、結局政略でしかない)
(参考サイト)「なぜ分かち合うのか」
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