橋本裕の日記
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オランダはアルプスを源流とする三つの大河、ライン川、スヘルデ川、マース川が北海に注ぎ込む三角州にできた国だ。これらの川と海から押し寄せる洪水と格闘し、これを粘り強くコントロールすることで、オランダ人は自分たちの生活を守ってきた。そうした自然との闘いを通して、彼らは自らのアイデンティティを築いてきた。
「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」と言われる。オランダの正式の国名は「ネーデルランド」だが、その意味は「低地の国」である。その名の通り、堤防によって守られた国土の大半は海面下にある。明治時代になって、岩倉使節団が欧米の視察の際にこの国を訪れた。そして、猫の額のような土地にしがみついて悪戦苦闘している健気で勤勉な国民に驚いた。
「塗泥ノ中ニ富庶ヲ謀ル景況ヲ見ル。嗚呼、天利ニ富メルモノハ、人力ニ惰リ、天利ニ倹ナルモノハ、人力ヲ務ム」(「欧米回顧実記」岩波文庫)と、「人がつくった国」であることに感激している。恵まれない環境の中で、世界に誇る富と文化を築いた勤勉なオランダ国民の姿は、これから国つくりをしようとする彼らにとって大いなる励ましになったようだ。 明治政府はさっそくオランダからファン・ドールン、デ・レーケなど10人の技師団を招聘した。彼らは日本に近代的治水工法をもたらし、利根川、木曽川、長良川、揖斐川、庄内川、吉野川、多摩川、淀川など日本各地の河川で本格的治水工事をなしとげた。東京港、横浜港、長崎港、新潟港など港湾計画を遂行し、福島県の安積疎水や利根運河なども手がけた。日本の国土整備と開発にたいして彼らオランダの技術者の果たした貢献は底知れないものがある。
オランダ人は他人の土地を奪って国を広げたのではない。自らの努力と技術によって海を干拓し、そこに堤防を築いて文字通り国土を作った。司馬遼太郎は「オランダ紀行」(「街道を行く」朝日文庫)の中で、「オランダ人には、他に誇るべきものがある。文化もそうだが、とくにかれら自身が造成してきた国土がそうであるといっていい」と書いている。
オランダは「自由と平等の国」だと言われる。しかし、オランダ人の「自由」はこうして血のにじむ努力の結果獲得された自由であり、それは今も努力して維持されなければならない自由である。なにしろ国土の2/3が海面下にあり、治水を怠ると、アッというまに国土は崩壊するのである。こうした悪条件を見事に克服することで、オランダは世界に誇る文明と文化を築いた。
明治時代の日本人はこうしたオランダの姿に感激し、その「独立自尊」の生き方に共鳴した。21世紀に生きる私たちも、もう一度原点に立ち返って、オランダから「独立自尊」の精神を学んでみてはどうだろう。
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