橋本裕の日記
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昨日、tenseiさんの文章を読み、久しぶりに吉村貞司の「古仏の微笑と悲しみ」(新潮選書)を書架から取り出して読み返しているうちに、広隆寺に行きたくなり、妻を誘った。
「おい、いまから京都に行くぞ」 「こんな暑いときに行ってどうするのよ。一人で行ってらっしゃい」 妻に突き放されて、たちまち腰砕けになった。
という訳で、広隆寺「半跏思惟像」 に対面することがかなわなかった。何という主体性のなさだろう。出不精の性分に加えて、懐がさびしすぎた。
広隆寺へは十数年前に、前の職場の仲間と行って、そのとき国宝第一号で、もっとも有名なこの弥勒さんに会っているはずだが、今その姿が具体的に思い浮かばない。慌ただしい訪問で、じっくり対面する心のゆとりがなかったのだろう。
私が好きなのは中宮寺の「半跏思惟像」で、この菩薩さんには法隆寺へいくたびに会っている。むしろこの美しい菩薩さんに会いたくて、法隆寺方面に足が向くと言った方がよい。そして思いあまって、十数年前に、こんな短歌を詠んでいる。(「歌集 明日香風」より)
中宮寺御堂の畳に正座してととせぶりなるみ仏拝む やはらかき指のひとつを頬に触れをとめのごとき仏ゐませり ほのぼのと明日香おとめが微笑みて人の心もやさしくなりぬ み仏を拝みてのちの人の顔ほのぼのと見ゆをさな子のごと 人の世の濁りにしまず我もまたみ仏ひとつ心に持ちたし
中宮寺は畳に座って、のんびりくつろげるところがよい。菩薩さんを眺めるだけでなく、縁側から周囲の庭を眺めたり、参拝客の横顔を眺めたりする。菩薩さんを眺めている正座した若い女性の後ろ姿などもなかなかよい。
中宮寺の美しい菩薩の写真が私の部屋にも飾ってある。いまパソコンを打ちながら、ちょっと顔を上げれば、彼女のやさしい微笑がみえる。実はこの菩薩さんこそ、私の永遠の恋人なのだ。
「半跏思惟像」と言えば、中宮寺の「恋人」しか目にないので、広隆寺の菩薩さんの方には誰が何と言ってもあまり心が向かなかった。しかしtenseiさんがあまりにほれこんでいるので、今度初めて、「そんなによいものなら、一度じっくり拝んでみようかな」と思ったわけだ。
広隆寺の菩薩さんについて書かれた文章は多い。それらを読んでも、たしかにこの菩薩さんは別格のようである。たとえば哲学者のヤスパースはこの菩薩像に感銘してこう書いている。
「広隆寺の仏像には、本当に完成され切った人間実在の最高の理念があますところなく表現されています。それはこの地上におけるすべての時間的なものの束縛を超えて達し得た、人間存在の最も清浄な、もっとも円満な、もっとも永遠な姿であると思います」
吉村さんによれば、同じ広隆寺にあるもう一体の「半跏思惟像」、通称「泣き弥勒」がまたとてもすばらしいそうだ。両方とも推古仏で、秦河勝が聖徳太子からもらったのはこちらの方かも知れないと書いている。
そんな歴史の詮索はどうでもよい。この目で、この両方の菩薩様をじっくりと拝んでみたいものだ。この秋にでも、もう一度妻を誘って、私の尊敬する聖徳太子にゆかりの菩薩さんに、じっくり会いに行ってみようと思う。楽しみがまた一つ増えて、夏の終わりのさびしさが少しやわらいだようだ。
(という訳で、「オランダ紹介」今日はお休みにしました)
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