橋本裕の日記
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2001年08月26日(日) 多民族国家オランダ

<オランダは、しっかり学んでみたい国ですね。経済面だけでなく、文化についても知りたい。宗教、教育、芸術活動、科学技術の状況、人々の美意識、幸福観、人生設計の仕方など、もし分かったら教えてください>(北さん、掲示板)

 北さんの要望にこたえて、何回かに分けてオランダを紹介しよう。考えつくテーマは次のようなものだ。「麻薬と売春を容認する国」「安楽死を認める国」「環境問題先進国」「NGOとNPOの先進国」「自由と平等の国」「高齢者が元気な国」「協議と合意の国」など。

 オランダの面積は日本の九州ほどしかない。人口も九州と変わらない約1600万人。ところが国際社会でのオランダの知名度と発言力の大きさはあなどれないものがある。政治、文化、経済、教育、あらゆる面で、オランダのシステムは個性的であり、先進的で魅力的である。

 オランダの首都であるアムステルダム市は、ヨーロッパの玄関口ともよばれる魅力的な都会だが、面積は東京都の12分の1で、八王子市より少し大きいくらいである。人口も約72万人である。「アンネの日記」で有名なアンネ・フランクの隠れ家もここにある。

 なお、オランダは干拓で出来た国で、今も国土の1/4が海抜下にあり、アムステルダムはアムステル川にダム(堤防)を作って出来た。他にロッテルダムなどの都市がある。地球温暖化で海面が上がり、堤防がもちこたえられなくなれば、これらの都市は海に沈む。オランダが環境問題に敏感なのも、こうした危機感があるからかも知れない。

 宗教はカトリック系が32パーセント、プロテスタント23パーセント、イスラム系などその他の宗教が7パーセント、無宗教が40パーセントである。これらがそれぞれお互いを認め合いながら共存している。宗教の違いや民族の違いで差別を受けることはない。

 オランダはその昔、植民地にしていたインドネシアやスリナムからの移住者や、出稼ぎ労働でオランダに駆り出され居着くようになったトルコ系住民、オランダ近隣諸国からの移住者、果てはアジアから中国系、韓国系など多様な民族が暮らしている。戦後オランダが受け入れた移民や難民の数は98年1月現在で182万人にのぼる。

 オランダでは異なった人種同士で家庭を築いている家族も多い。目立つのは、白人女性と黒人男性の家庭で、その逆のパターンや、白人男性とインドネシア系、あるいは東洋人女性とのカップルも見られるという。人種融合が進んでいるのは、お互いの宗教や文化も受け入れているということだろう。

 オランダは83年に憲法を改正して、自国を「多民族国家」として認め、他のヨーロッパ諸国に先駆けてマイノリティの政治参加を認めた。たとえば合法的に5年以上滞在する外国人に対して、地方レベルの参政権を与え、5年以上滞在する成年には帰化申請を認めている。国籍を容易にして、政治参加を促進したわけだ。その他、異文化教育を推進する政策を実施している。

 オランダはもともと迫害者を受け入れてきた歴史がある。スペイン、ポルトガルで迫害にあったユダヤ人や、フランスで迫害にあったユグノー(プロテスタント)、英国の清教徒たちもオランダを避難場所にしてやってきた。メイフラワー号でアメリカへ旅立った清教徒たちも、オランダで12年間ばかり生活していた。デカルトやスピノザなど、多くの文人たちもここを避難所として暮らしている。

 彼らはオランダ人と対等の権利を与えられた。そして母国で禁書となった本がオランダでは出版できた。17世紀のオランダの出版産業は世界最大の出版部数(世界の半数)を占めたという。このように迫害者や亡命者を受け入れてきた歴史が、異文化・異人種の存在に寛容なオランダの国民性をつくりあげたのだろう。

「オランダモデル」の著者でアムステルダムジェトロ所長だった長坂寿久さんは、アメリカやオーストリアで生活していると「どれだけその社会にとけ込んでいるか」と、いつも監視されているような感じをうけるが、オランダではこうした圧迫を感じなかったという。その理由を「自分が日本人であることに自由であったからだ」と述べている。

 アメリカもまた多民族国家として同様な面を持っている。しかし、アメリカと比べても、オランダははるかに寛容性が高い。そしてその価値観や制度も多元的である。オランダ人の異文化・異人種についての寛容性は、ヨーロッパの過酷な歴史を生き抜いてきただけに筋金入りだと言える。

 しかしその一方で、オランダは戦争責任の追求に熱心な国という印象がある。ナチスドイツに対してもそうだったが、日本の軍国主義についても容赦がない。東京裁判で一番多くの絞首刑(なんと226人)の宣告を与えたのはオランダの判事だという。

 現在オランダにはたくさんの日本企業が進出しているが、戦争責任をしっかりと認めて謝罪しない日本について、いまも根強い批判があるという。そして自由や権利の侵犯にたいしては敏感である。「ドイツ人は人種によってドイツ人たるが、オランダ人は信条によってオランダ人たる」と言われるゆえんかもしれない。

 オランダはかってスペインとの独立戦争を勝ち抜いた。しかし、ナポレオンやヒトラーに国土を蹂躙された苦い歴史がある。国土や人口で言っても小国である。しかも、その国土は堤防で守られていて、これが決壊すれば首都までは海に沈む。

 こうした弱点を多く抱えながら、オランダは多民族国家としてしぶとく生き抜いてきた。オランダの強さは、「弱さからくる強さだ」と言う人がいる。アメリカが強さを自覚した文字通りの強国なら、オランダは弱さを自覚した戦略的システムによる強国だと言えるのかも知れない。地球の未来を先取りした多元化システムの採用などに、その真骨頂を見る思いがする。

 今大きく羽ばたこうとしているEUももともとはオランダが提唱した。そして現在も事務局長をオランダの前首相が務めるなど、EUにあって「小さな強国」オランダはつねに先進的地位をたもっている。世界に向けて開かれてきたオランダの歴史は、そのようにしてしか生きられない小国のたくましさだと言えよう。


橋本裕 |MAILHomePage

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