橋本裕の日記
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2001年08月06日(月) 食物連鎖と共生

 私の勤務校は昔、女子校だった。裁縫がさかんだったせいか、「針塚」が敷地の一角に残っている。無生物の針にまで命を認めて、これを供養するというのは、いかにも日本的伝統である。こうした伝統がつい最近まで私たちの身の回りに息づいていた。

 私自身の経験で言えば、これまで乗っていた車を手放すときに、とても深い悲しみを覚えた。私が手放した車はどれも10万キロ以上は乗っていたので、たぶん中古車にはならずにそのまま解体される。家族の思い出のいっぱい詰まった車は、とてもただの物質とは思えない。

 命のない物質にさえ、日本人はこれほど心を動かされてきた。まして命のある生命に対して、これを愛惜する心はいいようもなく深いものがある。いや、深いものがあつた、と過去形にすべきだろうか。

 昔、中学校の頃、「貝塚」について、縄文人が貝を食べたあとに棄てた跡だと習ったが、これもたんなる食べかすのゴミ捨て場ではなく、貝を供養したあとの墓場だという説がある。

 縄文時代の遺跡からは、鹿や猪の骨が発掘されいるが、驚くべきことに子供の獣の骨は出てこないという。縄文人は無駄な狩猟や殺戮はしなかった。そこに流れているのは、人間の犠牲にされる他の生命への感謝であり、畏敬の念であろう。

 同じく生あるものとして、その命を奪う事への罪悪感と、そうしなければ生きていけない「いのち」というもの矛盾と悲しみ。そしてそうしたなかで営まれているはかない生命への愛惜と、共生への切実な祈りのようなものを、かっての日本人はゆたかに持っていた。


橋本裕 |MAILHomePage

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