橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
宗教民俗学者で国際日本文化研究センター教授の山折哲雄さんが、「アジアがつくる共生の思想」のなかで、「日本人は千年間は中国から学んできた。明治以降百年間はヨーロッパから学んできた。さて、これからどこから学ぶのか。それはインドだ、というのが僕の持論です」と述べている。
インド人が2千年前に考えついた人生観に「四住期」というのがある。人間は4つのライフステージを経て死んでいくのが理想的だという考え方だ。山折さんの解説を引いておこう。
「第1ステージは「学生期」。師について学んで、禁欲的な生活を送る。第2ステージが「家長期」で、結婚し職業に就いて、子供をつくる。どこの文化圏にもこの2つのライフステージというのはあります。おもしろいのは第3ステージなんです。彼らは『林住期』と言ってます」
「林住期」というのは、出家と違って、結婚も仕事もし、経済も安定した段階で旅に出て、自分がいままでやりたいと思ってもやれなかったことをやる時期だという。宗教的な生活を送ったり、森に入って瞑想したりする。あるいは、バイオリン片手に音楽によって食べていく。現在でもインドを旅してると、そういう人間によく会うという。1年、2年、巡礼地をめぐり歩いたり、都市の盛り場をめぐり歩いたりして、遊行遍歴の旅をする人もいる。
「そのうちカネがなくなってくる。そうすると、彼らは物乞いをするんです。乞食(こつじき)ってやつをやるわけです。単なるお乞食さんの場合もあるし、芸を売る――音楽を聴かせる。大道音楽士ですよね。あるいは、瞑想して宗教的体験を得て、それを人々に話して聞かせることによってお布施をいただく。そしてしばらくしたら、また自分の家族のところに戻ってくる。2年たって戻ってくる。5年たって戻ってくる。いろいろな人間がいるわけです。自分の能力とか体力に応じて選択すればいいわけです。これを林住期と呼びます」
「だから、共同体とか自分の家族とは縁を切ってないわけです。しかし、世俗的な社会から出ようとする意欲はあるわけです。僕は、これは聖と俗が混交しているライフステージだと思います。聖俗浮遊といったらいいのかな。これは非常に味がある生き方です」
「林住期に出ていった人間の中から、千人に1人、1万人に1人、その次の第4ステージにのぼっていく。第4番目は遊行期、あるいは遁世期ともいいます。これは共同体や家族のもとに帰らない。本当の聖者になるわけです。かつての仏陀がそうだったし、現代では仏陀の精神を受け継ぐマハトマ・ガンジーがそうだったと僕は思うわけです。この考え方が、2千5百年の歴史を貫いて生きてるわけです」
「林住期は何も男だけがやる必要はないんで、女性もやっていい。現代の日本の社会では、男というのは家を捨てにくい動物で、女性のほうが平気で家を出て、群れをつくってやってます。危険だということもあるから群れをつくるんでしょうけど、群れをつくってるのはいけない、1人でやれば1番いいんです」
「聖の世界と俗の世界を行ったり来たりする、第3ステージとしての林住期、これを我々は現代の日本の社会にどう生かしていくか。個人的な生き方のレベルで考えるのもよし、会社と個人との関係で考えてもいいし、そういうことが必要になってくるだろうと思います」
日本でも中世時代、西行や吉田兼好、親鸞、芭蕉、良寛などがこうした生き方を実践していた。日本の文化を創造し、伝えていたのは半聖半俗のこうした人たちだった。しかし、こうした生き方が一般的だったわけでも、世間的に認知されていた訳でもない。
しかし、人は誰でも50を過ぎたら、あくせく働くのは一休みして、「林住期」的な生き方をするのが自然ではないだろうか。これからの時代、こうした東洋的な知恵のある生き方の重要性が認識され、一般人の生き方として社会的に許容されていくと面白いと思っている。
|