橋本裕の日記
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2001年07月15日(日) 数学的真理と多数決

 1897年、アメリカのインディアナ州下院議会に、ある法案が提出された。それはインディアナ州ソリチュードにすむ医師グッドウインなる人物が「発見」したπの値を、今後州内で用いるべしとう奇妙な法案だったが、驚くべき事にこの議案246号は67対0という全員一致で通過してしまった。

 この日下院を訪れていたバーデュー大学の数学教授C・A・ウォルドは、立法の場で数学が論じられているのに驚き、さっそくその法案が無効であることを勧告し、アメリカのメディアも取り上げ始めた。

 議員の全員がこの法案の数学的内容について認識能力を持っていなかったらしい。それにそもそも数学的真理は論理的に実証されるべきで、立法府によって多数決で裁可されるべき性質のものではない。

 さすがに、上院はこうした批判に驚いて、これに対する討議を無期延期することにした。そして今日に至るまで、この法案は再浮上することはなかった。もし、上院がこれを可決していたら、インディアナ州の議員たちの知的水準が疑われる事態になっていただろう。

 ところでこの法案でその数学的業績を認められた医師のグッドウインなる人物は、アマチュアの数学愛好家で、ギリシャ以来の難問の一つといわれた円積問題(円と等しい面積を持った正方形を作図できるか)のアマチュア研究家だった。彼は神の啓示を受けて、この問題を解決する方法を発見したと思いこみ、彼の論文が「月刊アメリカ数学」という雑誌に掲載されたことで、周囲もこの説の正しいことを信じたようだ。

 すでに数学界ではリンデマンが1882年にπが超越数であり、この作図は不可能であることを証明していた。それにも関わらず、世界中でたくさんの数学愛好家が、依然として「円積問題」の解決を夢見ていた。それもそのはずだ。エジプト人がパピルスに記して以来、3000年以上も前から人間はこの夢を追ってきたのだから。

「図形の操作によって、私はこの割合が6対19になることを発見した。今、その比率を求めるために19を6で割ると、得られるのは3.166・・・。私の証明すべき根拠とは何かと尋ねられたら、こう答えよう。りんごはすっぱいがなぜそうなのかを証明するのに、全員の賛同以外、他に方法があるだろうか」(ジョン・デイビス「円の計測」1854年)

 証明とは何かについて、中学校の教科書には、「証明とはすでに正しいと認められたことがらを用いて、筋道を立てて、仮定から結論を導くこと」と書いてある。仮定から結論を導く間に、正しい推論がなされなければ、証明とは言えない。


橋本裕 |MAILHomePage

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