橋本裕の日記
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2001年07月10日(火) 円周率に見る数学の歴史(4)

 古代中国の算術は非常にすぐれていたが、こと円周率に関しては、長い間3が使われていた。3世紀になって王蕃(おうはん 229〜267)が「円周が142なら、直径は45になる」と述べている。142/45=3.153はかなりよい値だが、彼がどのようにしてこの値にたどり着いたのかわからない。

 中国人で初めて正多角形を用いて計算するギリシャ的方法を用いたのは劉徴(りゅうき)で、彼は265年に出版された本の中で、円に内接する正192角形を使って、この円周率が3.141024と3.14416の間にあることを突き止めている。

 さらに5世紀になって、祖沖之(そちゅうし)が息子と正24576角形を使った計算を行い、355/113=3.41159269であるという結果を得た。これは真の値である3.14159265・・・と800万分の1しか違わない。この値はアルキメデスの記録を破り、その後1000年間以上世界で破られることがなかった。

 円周率の計算はギリシャで始まり、インド、中国、日本でも行われたが、その計算の原理はいずれもアルキメデスの「正多角形法」である。正6角形、から、さらに、12、24,48,56,112,224と倍々に角数を増やしていけば、その値はかぎりなく真実の円周率に近くなる。

 しかしこの方法の欠点は、角数が大きくなるにつれて、計算の煩雑さがいよいよ大きくなり、労多くして益少ないことである。たとえば、15桁までの円周率を計算しようと思えば、1億をこえる辺の長さを扱わなければならなくなる。

 アルキメデスが円に内接する正96角形と外接する正96角形を作り、これを計算したが、0と位取りの技法を持たなかった当時の記数法を考えると、このことがどれほど大変な力業を必要としたか想像が付く。この点、中国の記数法ははるかに進んでいたようだ。


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