橋本裕の日記
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2001年06月30日(土) フランス啓蒙思想と奴隷制度

ギリシャ・ローマ以来、奴隷制度は広く行われてきた。とくに、キリスト教が広まるにつれ、そこには根強い人種的偏見、宗教的偏見が加味されるようになった。

 モンテスキュー(1689〜1755)といえば、三権分立を唱えたフランス啓蒙主義の代表的思想家だが、彼でさえ主著『法の精神』の第5章「黒人奴隷制について」で、こんなことを書いている。

「もし、私が、黒人を奴隷とすることについてわれわれがもっていた権利を擁護しなければならないとしたら、私は次のように述べることになるであろう。ヨーロッパの諸民族はアメリカの諸民族を絶滅させてしまったので、あれほどの広い土地を開拓するのに役立たせるため、アフリカの諸民族を奴隷身分におかなければならなかったのである」

「砂糖を産する植物を奴隷に栽培させるのでなかったら、砂糖はあまりに高価なものとなるであろう。 現に問題となっている連中は、足の先から頭の先まで真黒である。そして、彼らは、同情してやるのもほとんど不可能なほどぺしゃんこの鼻の持ち主である。きわめて英明なる存在である神が、こんなにも真黒な肉体のうちに、魂を、それも善良なる魂を宿らせた、という考えに同調することはできない」

 「人間性の本質を形成するものは色であるという考え方は非常に自然であり、このゆえに宦官を作り出しているアジアの諸民族は、黒人とわれわれとの間にあるより顕著な類似点を、常に除去してしまうほどである」

「人は皮膚の色を髪の色から判断しうる。世界で最良の哲学者たるエジプト人のもとにおいて、髪の色は非常に重大な意味をもっていたのであって、彼らは、彼らの手中におちた赤毛の人間をすべて死刑に処した」

 「黒人が常識をもっていないことの証明は、文明化された諸国民のもとであんなに大きな重要性をもっている金よりも、ガラス性の首飾りを珍重するところに示されている」

 「われわれがこうした連中を人間であると想定するようなことは不可能である。なぜなら、われわれが彼らを人間だと想定するようなことをすれば、人はだんだんわれわれ自身もキリスト教徒でないと思うようになってくるであろうから」

 「気の小さい連中は、アフリカ人達に対してなされている不正をあまりに誇張している。というのは、もしこの不正が彼らの言っているほどのものであるとしたら、お互いの間であれほど多くの無益な協定を作っているヨーロッパの諸君公の頭の中に、慈悲と同情のために、これについて一般的協定をつくるという考えが浮かんだはずではなかろうか」

 モンテスキューはフランス革命を導いた啓蒙思想家で、「人間は生まれながらにして平等である」という天賦人権思想はアメリカ独立戦争にも影響を与えたと教科書に書いてある。それだけに、奴隷制度を正当化する彼の白人中心主義、キリスト教中心主義の主張に戸惑いを覚える。

 ここに語られた内容は彼の赤裸々な本音かもしれない。フランス啓蒙思想の限界だと考えることもできよう。しかし、私たちがこの21世紀の時代にあって、モンテスキューを批判できるほど、人種的偏見や、宗教的偏見から自由かどうか、疑問なしとはしない。
(参考)http://www.f5.dion.ne.jp/~arachin/essay/montesk.html


橋本裕 |MAILHomePage

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