6. 個人的な話 (5)
たとえそれが過去の出来事であっても、 私とレイはお互いに好意を寄せていたという事実をあの晩認め合った。 そのことにより、ふたりは上司と部下という関係を越えて、心と心を近づけ、 直接に心に入り込める通り道をお互いに許したのだと私は思います。
気を許せる仲。とでも言えばいいのかもしれない。 恋愛関係でもなく、友達でもなく、上司と部下という関係でもなく、 気を許せる関係、心許せる間柄、しかしそれ以上に確実なものはない関係。
ですから何も変わっていないようで、明らかに変わったこともあったわけです。
ですが。 何も変わっていないとも言えたのです。
レイと私は心の置き所が変わっただけで、何がどうなるということもなく、 上司と部下の関係のまま、同じように顔を合わせ、同じように仕事をし、 同じように話しをし、特別付き合い方が変わったことはまったくなかった。
ましてあの晩、出張の夜のレイと私との想い出話はあれっきりになって、 はたしてそれがどうだということもなく、私の目に映るレイは何も変わっておらず、 表面上は何も変わっていなかった。
ただ私の内面で、3年振りに火が噴くように心から出てきたレイへの恋愛の情を、 鎮めるため忙しさに身を投じていただけなのです。 そしてこれも私の内面のことでしたので、つまり表面上は私も何も変わっていなかった、 とレイの目には映っていたはずだからです。
・・
個人的な話。
レイの言う個人的な話とはなんだろう。 私はレイが離れてからずっと考えてしまうのでした。
あのしんとして何も語らない後姿はなんだ?
ああ、すぐに聞いておけばよかった。 先だっての晩の話の続きだろうか。 いや、そうであったら今頃急にそれも仕事中に話すことはないだろう。
レイの彼氏、の話? もしや結婚? まて、まさか? いやいや、それこそ仕事中に話すことはない。
なんなんだ、いったい。
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