J (2.結婚)
13. 父の入院 (14)
日中の営業部内は人もまばらでした。 私のセクションも事務方の鏑木さん以外はみな外出していました。 年末の忙しい時です。猫の手も借りたい、そんな社内でした。
運良く部長は席にいました。 私は真っ直ぐに部長席に向かい突然に午前中休んだことの詫びを入れました。 そして、折り入ってご相談したいことがあります、と声を落として耳打ちしました。 部長は私の顔色が尋常でないことを一目で見て取って、 顎で応接室をさし、そこで話を聞こうという態度を示してくれました。
私は無言で頭を下げ先に応接室に入り、部長は後から鷹揚に入ってきました。
・・
大体の話を私がし終えた後、部長は言いました。 「分かった。工藤君も大変なことになったな。ま、気を落とさずに。 病院の件は俺に心当たりがあるから早速聞いてやろう。」 「あ、ありがとうございます。」 「いや、俺じゃなくってな、担当専務の知り合いに癌に権威ある先生がいてね、」 「担当専務、、、!。それはちょっと、僕如きの私事に気が重いですけれど、」 「何言っているんだよ、工藤君、君は我が社の中枢を歩いてもらう大切な人材だ。 構うもんか。それに君には早くに憂いを取ってもらい仕事に精を出して貰いたい、 それが会社ってもんだよ、だから気にすることはない。」
そう言うと部長は担当専務室に電話を掛けました。 「専務ね、うちの工藤君の親父さんが何だかきな臭い病気になっているようで、 ちょっと、これから相談に上がりたいんですが、ええ、いいですか。じゃ。」
受話器を置き部長は言いました。 「さ、専務のところへ行こう。善は急げだ。」 「は、、は。」
・・
ともかくも家族的ないい会社でした。
担当専務は「そうか、工藤君のな。よし。」とばかりすぐに電話を掛けてくれ、 権威あると言われる先生はふたつ返事で癌研の総合病院を紹介してくれました。
「大体のことは先生のほうから話しておいてくれるそうだ。 あとはこちらで明日に総合病院には入院できるようにしておいてやる。 君はさっそく今入院している病院に行ってカルテを作ってもらいなさい。 明日転院するって言ってね。」
「は、、は。ありがとうございます。」
私は深深と頭を下げ、部長と共に専務室を出ました。
「部長、ありがとうございました。」 「いやなに、君だからだぞ、ってこと、忘れるな。」 「はい。」 「じゃ、今日はもう仕事はいいから、このまま帰れ、 くれぐれもお大事に、皆には俺からよく言っておくから、 もちろん、君の親父さんの病気のことは一切詳しいことは伏せてだ。」 「はい。」 「じゃ、行け。」 「はい。」
私は床に摩り付けるぐらいに頭を下げて礼を言い、 くるりと後ろを向き、走って会社を出て行きました。
私の目からは涙が溢れていました。
ぐちゃぐちゃに泣いていました。
窮地にあった私にとって、 部長や専務の優しさはとてもありがたいものでした。
車に戻り、私は大声を上げてわんわん泣きました。
嗚咽が止まりませんでした。
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