J (2.結婚)
6. 錦ヶ浦にて (2)
伊豆には友美さんと結婚前に何度も来ていました。
私たちは夏には海水浴に、秋には釣りに、冬には温泉にと、
伊豆を隈なくまわったものでした。
ですが熱海はいつも素通りでした。 車での旅行はこの先に道があると思うとなかなか途中で止まれないものです。 私たちはいつでも熱海を朝早くか夜遅くに通過するのが主でした。
そう、一度だけ熱海に立ち寄ったことがあります。 熱海の夜景を友美さんに見せてやりたくって。
山から下る時、ぱあっとひろがる熱海の市街は美しいものです。 友美さんはその時の印象を今でも目を輝かせて私に語ります。
錦ヶ浦の展望台でも、友美さんはその時の夜景のことを思い出して、 楽しそうに私に語るのでした。
「純一さん、あの時の夜景、今でも忘れないわ。きれいだったよね、、、」
「うん、きれいだった、あの時はさぁ、、、」
(あの時の君の目の輝きのほうがもっときれいだったよ、 そして今そう語る君の目も輝いて、とってもきれいさ、)
話を続けながら私は友美さんを愛しく感じ、そう思うのでした。
高校を卒業してすぐに就職した友美さんにとって、 ほうぼうを旅行する機会はありませんでした。
修学旅行で東北に行ったことぐらいが最も遠い旅行だったのです。
そんな友美さんのちょっとの感動は、 私なんかには比べられないほどの大きな感動として息づいているのでしょう。
旅をして得る感動は、遠くに行ったからといって得られるものではなく、 その旅人の心が如何に純粋であるかによって得られるものが違うのです。
旅についていえば友美さんは純粋であった、ということです。
絶壁を見下ろしながら私は友美さんに言いました。
「ここは自殺の名所なんだよ、」と。
ちょっぴり恐い話も交えて。
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