信濃町の三島邸の前を年に一回くらい通ることがあったのだけど、 去年あたり、とうとうこの洋館はなくなってしまったらしい。さみしい。 建築家デ・ラランデの作として藤森照信『建築探偵の冒険』等でも紹介されている 瀟洒な洋館は、かつて屋敷町と貧民街が接していた崖の上に立っているらしい。 三島さんという養蜂家の家で、ここに建っていた頃は中で蜂蜜も売っていたが、 私も数年前に入って買ったことがある。
レンガの門を入ると、奥行きの浅い前庭の端のほうに古い蜜蜂の巣箱が見えた。 ここの蜂たちが中央線を越えて赤坂離宮あたりのやんごとない花の蜜を集め、 それが「江戸っ子はちみつ」として売られているらしい。 夏のことで館のまわりに鬱蒼と木の葉が繁り、 洋画もしくは少女漫画でしか見られないような、ロマンチックに怪奇なたたずまいである。 はたして(笑)小さなロケバスが玄関のそばに止めてあり、 「エコエコアザラク撮影中」とかいった札が掛けてあった。 迷いながら建物に入ると、撮影スタッフらしき人たちがてんでに座ってちょうど食事中で、 それをかきわけながら出てきた家の人が 「はいはい、すみませんね」と言いながら蜂蜜を売ってくれた。 外に出て、当時まだ小さかった娘を建物の前に立たせて写真を撮った。 (実はいい具合にアダムス・ファミリー向きな容貌の我が子… ちょうど他所へ行くところで珍しくドレス着ていたんだもの)
江戸東京たてもの園に移築されるという話を読んだのだけど、 うっそうと暗い夏木立の間に立つ、怪談向きの美しくも貫禄ある姿が 目に焼き付いている私としては、ひらけた公園の空間にひょいと置かれた様は 所在なげで痛々しく予想されて、やはり寂しさを禁じえない。 まるきりなくなってしまうよりは良いのだけれど…(中身も見られるし)。 そういえば、たてもの園に再現されている他の邸宅も、今でこそ 住宅展示場のモデルハウスのようにいきなり玄関に入ってしまえるけれど、 かつて金と地位ある人の家として機能していたころは 立派な門構えから広い庭を通って、おもむろに辿りつく場所だったに違いないのだ。 今さらながら、家は生き物だと思う。
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