はじめて触れた彼女の手は 冷たくて、細くて、柔らかかった。 僕が彼女の手に触れることは 驚くことに、それまでなかったことだった。 触れたいと思うことはあったけど 触れることはなかった。 なぜなのかと、今になって考えてみると 一番大きな理由は、触れる理由がなかっただけのことだけど ほんとは そう簡単には触れることができなかったんじゃないかと思う。 触れる。ということはつまり 彼女をより深く僕へと引き寄せること。 いつも、ある静かな距離を保っていた僕らには、僕にとっては それはとても、神聖で、恐ろしいことだったんだと思う。
僕は暖めることと、彼女の手の感触を感じることと 両方に一生懸命になってしまって 知らずに無言になっていた。 「怒ってるの?」という彼女の言葉で我にかえり、 コーヒーを入れに立ち上がった。 動揺を隠すのにとても苦労した。 ずっと。もっと。触れていたかった。 そう思った。
彼女は、どう思ったんだろうか。 僕に触れられて。 僕に触れて。
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