西方見聞録...マルコ

 

 

デモの思い出 - 2005年04月16日(土)

 中国でのデモのニュースが連日マスコミを賑わしている。
 中国にいる邦人の人々はいろいろと不便だったり不安だったり時には実害を受けたりしているのだろう。まずはお見舞い申し上げたい。

 そんな中、魔都の女ステイシーさまがさるとるさまの掲示板に

>今回のことで、逆に日本での対中感情が悪化するのではないかと
>心配しております。日本在住の中国人のみなさんも難しい立場に
>おられることでしょう。

とお書きになってて感銘を受ける。そうマスコミが好むエッジな映像にエッジな反応をしてエッジとエッジで切り結んではいけないと心から思う。渦中のステイシー様のこの冷静さを見習いたい。

 マルコはケニア在勤時代『毎日がデモ』な日々を経験した。マルコがいた時代ケニアは史上初の複数政党による総選挙が行われ、部族対立を微妙に巻き込みながら毎日『与党への反対デモ』『与党の支持デモ』『野党の支持デモ』『野党への反対デモ』等無数のデモがが窓の外を通り過ぎた。

 今回のように日本が直接の標的な厳しい状況ではなかった。

 どこか他人事で、デモをやってる人も時ならぬ政治的な意見表明の場が身近にやってきた感じで踊って唄って手に持った木の枝を振り鳴らしてなんだか楽しそうだった。

 それでもデモ中の作法というのはあり、援助関係者の私たちは間接的でも現与党を支援しているので、デモ中は絶対町に出ないで建物の中にいるのは常識だったし、デモが乱闘に変わるほどヒートアップする選挙直前はまきこまれないように仕事を休んで家に蟄居し、内乱になった場合の逃走経路も何度も確認させられ、毎晩JICAからの無事確認の点呼電話が入った。
 
 実際日本政府派遣の私たち以外の邦人はその期間、国外退避した人々も多かった。

 30年の1党独裁後のこの民衆の意見表明の機会となった選挙とそれを巡る日々の危険ながらも高揚した日々。そしてデモが行われる場所以外は意外と平静で人々もいつもより朗らかだった。

 中国の成り行きを心配しながら昔の事をつらつら思い出してみた。


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