西方見聞録...マルコ

 

 

号泣する準備は全然出来ていなかった - 2005年03月03日(木)



 みなさん、子どものころクラスに一人くらい異常に感情を込めて国語の教科書を読む子どもはいませんでしたか?

 私はまさにそういう子どもでした。

 中学校の教科書に載ってた『海幸彦・山幸彦』の戯曲の朗読を指名され、異様に感情込めて読ませていただきました。国語の担当の先生が凄い喜んで改めて指名されその朗読の様子を録音され、全クラスに流されちゃったなんてこともありました。

 でも演劇部や劇団に入りたいってほど自己表現を爆発させたいわけではなく、国語の教科の時間の枠の中で地道に自己表現を迸らせるのがマルコの身の丈にあったガス抜きっていうかエネルギーの表れだったわけです。

 さてこのマルコ好みの「地道な自己表現」、子どもを産んだ後、結構発露の場に恵まれております。「子どもへの絵本の読み聞かせ」です。なんか仕事が上手く行ってなかったりストレスがたまると異常に感情を込めた絵本読みをして憂さを晴らすのです。子どもは喜びマルコはすっきり、周りはちょっと迷惑かもしれませんがなかなか一挙両得なレジャーです。

 最近では昨年のおKさん入院時にものすごい真に迫ったバイキンマンとアンパンマンの対決を読んでやり同室の子ども達はもちろん、付き添いのおかあさんたちまで思わず聞き入っちゃったことがありました(いや単にあきれてただけかもしれませんが)。

 さて1号さんの病、続いています。付き添いマルコ結構暇とエネルギーをもてあましています。そこで本日1号さんのリクエストに答えて「本気読み」させていただきました。1号さんご指名の本は

「火垂の墓」

 ―冒頭の空襲の場面、母の死、西宮のおばさんとの軋轢、衰弱していく節子、なすすべもない清太

 どんどんマルコはヒートアップしていきます。

 ーそして節子の死の場面。

 おKさんのような、ちょっと前までの1号さんのような年格好の節子の痩せた体に「お腹が空きすぎるってどんなだろう」「スマトラやイラクやアフガンでは今もこんなことが起こっているのかな」「最後の肉親が死ぬのを止められない清太はどんな気持ちだったろう」「まだ見ていないけど映画の『誰も知らない』は案外似た話かもしれない」とかもういろいろな考えが駆け巡り、いきなりマルコ絶句し、続きを読もうとして号泣。

 傍らで黙って聞いていた1号さん、呆然。

 あんまり感情を込めすぎるにはあの本は危険です。

 ちなみに1号さんは学校行ったらおかあちゃんが「火垂るの墓」読んで声出して泣いた事、皆に言っちゃうんだって。ううん、いけず〜。




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